海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「暗殺者」グレッグ・ルッカ

1998年発表、アティカス・コディアックシリーズ第三弾。大手煙草会社を窮地に陥れる重要証人の暗殺をボディガードが防ぐ。本作は以上の一文で事足りる。捻りも起伏も無く、読後に何も残らない。評価できる点が何一つ無い。こんな駄作を褒めちぎることの出来る高尚な読解力を私は持っていない。以下は、凡作と断定する理由の一端だ。

ルッカは初読。世評が高いシリーズらしいが、切れ味の無い凡庸な作品で、とにかく退屈の一言に尽きる。しかも、無駄に長い。
事前情報としてあったのは、〝ボディガードを主人公としたハードボイルド〟という括り。だが、すれすれで合致するのは、一人称一視点のみ。主人公の揺るぎない冷徹さ、文体から滲み出る感傷、社会的弱者への共鳴、権力に与しない反骨精神、そして己の信条に基づいた決着の付け方。それらのハードボイルドに不可欠な要素が、微塵も味わえない。単に、タフを気取る若い男の自慢話に過ぎない。このレベルでマイクル・コナリーに比肩すると〝批評家〟らが持ち上げているのだから、ハードボイルドファンが減るのも、むべなるかなだ。暗澹たる気持ちになる。
前二作は未読だが、本筋には全く絡まない過去の事情、それにも増してどの女と関係があったかなどの〝情事の履歴〟をご丁寧に解説しており、読む必要はない。というよりも、遡って読む気になれない。

主人公のボディガードは、身内での腕比べに勝つことと、数多の女を口説くことに必死だ。生命を狙われている証人は、根拠薄弱のままアティカスのみに信頼を抱く。さらに科学的証拠を一切語らずに煙草の危険性を説いて回り、煙たがられる。証人が隠し持ち、口封じの動因となるネタは、誰もが知識としてある煙草の害悪のみで、その他の〝情報〟は最後まで明らかとならない。つまり、プロットの肝が本作には存在しないのである。これで、スリルが生まれるはずがない。

登場人物らは須く自信過剰なナルシスト。老若男女、敵味方問わず、造形が浅く、類型的。行動と台詞が似通っているため、アティカスが今どの女と会話しているのかが判別できない。といっても、混乱したところで、物語には何の影響もない。描き分けが出来ていないのは、致命的である。

そもそも幾ら読み進めても、ボディガードという生業の魅力が伝わらない。その道のプロを題材としつつ、予想外の思考や行動が無い。〝敏腕〟であるらしい主人公が、暗殺者の眼を欺くために使う奥の手とは何か。驚くべきことに、素人でさえ考えつく〝替え玉〟なのである。いったいどのような経験を積んできたのだろうか。敵役の暗殺者も頓馬なのは同等で、まんまと策に嵌まるのだが、失笑よりも溜め息しか出ない。

大企業が訴訟を有利に運ぶために、公然と殺し屋を雇うという没リアリティ。暗殺者は、わざわざボディーガードを挑発して計画に組み入れ、不必要に己の出番を増やした果てに、分かりやすい正体を曝す。仮面を付けながらも、女であることをアピール。これでも世界トップ10入りの腕を持つというのだから恐れ入る。成り手不足が深刻なのだろう。作者は、この自己顕示欲が強い殺し屋を気に入ったようで、続編に使うつもりで温存している。結末は、予想通り中途半端の極み。この先どうなるのか、続きが気にならない。ありがたい。

本作は、ボディガードの指南書としては役立つだろうが、私が読みたいのは、ハードボイルドであり、心に残る小説なのである。

評価 ☆

 

暗殺者 (講談社文庫)

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