海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「冬の棘」ウィリアム・D・ピース

1993年発表作。奇をてらわずに情景をじっくりと描いていく作風のため、派手さはないが、重量感のある作品に仕上がっている。

若くして大手建設会社社長の座を継いだクーパー・エイヴァリー。その妻が、ワシントン郊外の自宅で殺された。事件当夜、夫は出張で不在。目撃した幼い息子は、ショック状態で喋ることができない。現場は荒らされ、金品の一部が消えていたが、物盗りの犯行を擬装していることは明らかだった。破られた金庫は、夫婦しか知らない暗証番号を入力していた。凶器となった銃は、クーパーが一年前に紛失したものと同型だった。やがて、長期にわたる不貞も発覚。全てがクーパーに不利な状況で、当然のこと妻殺しの容疑が掛かる。警察は事件当日のアリバイ崩しに集中していく。
部長刑事クリスティーン・ボーランドは、捜査陣の中でクーパー犯人説を唯一否定した。根拠は、エイヴァリー家へ届いた差出人不明の悔やみ状だった。或る男の名を記し、殺人への関与を匂わせていた。……「マーティン・レッシングの友人より」。クーパーをはじめ、家族の誰にも心当たりがなかった。ボーランドはFBIの知己にあたり、或る事実を掴む。記されていた名の男、レッシングは地元大学の助教授だった。50年代に猛威を振るった「赤狩り」の真っ只中で検挙され、弁明する機会も与えられないまま独房内で死亡していた。地元の有力者告発のために活動していたレッシングは、仲間に裏切られ、口封じの罠を仕掛けられたらしい。主導したのは、当時FBI捜査官であったクーパーの父親だった。点と点が繋がる。ボーランドは過去に遡り、殺人へと結び付く糸を手繰り寄せていく。

徐々に浮かび上がるのは、過去に呪縛された者の悲劇だ。物語の幕あいには、殺人者が辿った道程の断片を挿入し、ヨーロッパで生まれ育ち、孤児となった女であることを暗示する。フーダニットとしては必然的に絞られているのだが、伏線は細やかで、真相までのミスリードも巧妙だ。物語は、地道な捜査活動をメインとしているが、法廷を舞台に移しての中盤、一気にクライマックスへとなだれ込む終盤まで、緊張感が途切れることはない。事件の背景には、思想弾圧「マッカーシズム」を置き、その愚劣さも批判しているが、主軸とするのは数奇な人生を歩んできた女の残酷な運命である。

本作の特異な点は、真犯人の動機にある。何故、殺さねばならなかったのか。過去に埋没したその理由を明かすことこそが、殺人を犯した者の目的となっている。つまりは、自らの正体が暴かれることでしか、報復が完遂できないというアイロニーが隠されているのである。その捻れがプロットに大胆に仕掛けられており、最終的に物語を大きく揺り動かすことになる。

自らの破滅でしか復讐を果たすことができないという悲劇性。読後感は、それ故に重く、哀しい。

評価 ★★★

 

冬の棘 (文春文庫)

冬の棘 (文春文庫)