海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「国王陛下のUボート」ダグラス・リーマン

海洋戦争小説の王道をいく1973年発表作。臨場感溢れる戦闘シーン、数多い登場人物一人一人をきっちりと印象付ける卓越した造形、滋味豊かで多彩なエピソードなど、ベテラン作家の本領を遺憾なく発揮した力作だ。

1943年、第二次世界大戦の転機となった連合軍によるシチリア島侵攻の前夜。ナチス・ドイツUボートを拿捕したイギリス海軍は、敵潜水艦を利用した大西洋、地中海での工作活動に着手する。補給船への攻撃、情報部員の潜入支援、湾岸の軍事施設破壊など、擬装を施したUボートによって、敵の懐深くまで潜り込むことが可能となり、大きな戦果が期待できた。だが、ドイツ軍はもちろん、味方の眼を欺くことも必須となる。孤立無援の艦となり、隠密に事を運び、すみやかに成功させ、密かなる帰投が求められた。
この厳しい条件下での戦いを指揮するに相応しい軍人は限られていた。英国海軍少佐スティーブン・マーシャル。28歳の若さながら、数多の戦いに従事してきた潜水艦艦長で、何よりも人望が厚かった。壮絶な戦いを終え、祖国へと帰り着いたばかりのマーシャルに命令が下る。疲労困憊した身でありながらも、男は意を決した。短期間で準備を整え、自艦以外全てが「敵」に等しい大海へ、いまだ未知数の多い〝国王陛下のUボート〟を潜行させる。

駆逐艦や潜水艦との激闘。最大の難関として立ち塞がるのは、皮肉にも味方の艦隊/戦闘機だった。自国の艦から攻撃され、ドイツ機に窮地を助けられることもあった。戦果を上げるほどに、より過酷な作戦に、より無謀な戦いへと、マーシャルらは身を投じていく。

当然のこと最大の読みどころは、息詰まるような海戦のリアリティと、生死を賭けた駆け引きを伴う緊張感溢れる攻防にある。だが、本作の魅力は、極限的状況下で繰り広げられる人間ドラマにこそあると感じた。終わりなき苛烈な戦闘の中で、心身共に消耗していく乗員たち。切り刻まれ、海にのまれ、銃弾を浴び、身を焼かれ、死んでいく者。それを助けようとする者もまた、海の藻屑となって散っていった。愛する家族が母国への爆撃によって自分より先に死んでしまった者もいる。
艦長マーシャルを英国騎士道精神を体現する好漢として主軸に置き、共に戦う副官や航海士、機関士や水兵ら、個々の戦いも余すことなく活写する。同時に、潜水艦の持つ優れた機動性、逆にあっけないまでの脆さ、それと運命をともにしなければならない怖さを、乗員の五感を通して伝えていく。
さらに、名誉欲に取り憑かれた将校と男気溢れるマーシャルとの軋轢や、女諜報員を奪還するために敵地へと踏み込む地上戦など、甘いロマンスも絡めつつ、娯楽的要素をふんだんに盛り込んでいる。どちらかといえば敷居の高いジャンルを、より幅広い読者に楽しんで欲しいというリーマンのサービス精神なのだろう。実際、適度な緩急を付けた筆致は読みやすく、専門用語も極力抑えている。

本作のプロットは史実を下敷きにしていることを冒頭で明かしているが、ストレートで熱い戦争冒険小説へと仕上げた手腕は、流石という他ない。

 評価 ★★★★