海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「悪魔のワルツ」フレッド・M・スチュワート

恐怖心を煽る。簡単そうで難しい。海外のホラー/幻想小説で、その世界観や技巧に感心することはあっても、心底震え上がるような読書体験は稀だ。〝超常現象〟や〝神と悪魔〟など所詮は絵空事に過ぎず、結局は「人間が一番怖い」という可愛げのないスタンスの所為もある。そんな冷めた読者さえも一泡吹かせる強烈なインパクト、超自然/異次元の設定でしか表現できない要素を盛り込み、恐怖を主題に幾つかの傑作を生み出した作家がいる。古典では、ポーとラヴクラフト。現代ではキングやクーンツが、その代表格だ。彼らの作品を読めば、ホラー/幻想小説の可能性は無限であることを実感し、ミステリ界隈の異端などと軽視することなどできなくなる。ただ、このジャンルは凡作や珍作が多いのも事実で、残念ながら本作も例に漏れない。

1969年発表作。クラシック界の世界的な老ピアニスト、ダンカン・エリー。人嫌いの偏屈な人物として有名だったが、取材を受けたことを機会に交流していた小説家の卵マイルズ・クラークソンに遺産を分与して死ぬ。クラークソン自身も、かつてピアノ演奏家を目指していが、自らの平凡な才能に見切りを付けていた。生前エリーは、クラークソンの指に対して異常なまでに執着していた。老人の葬儀後、或る日を境にクラークソンの様子が変わる。筆を断ち、ピアノ演奏に没頭、まるでエリーが憑依したかのようだった。急変した夫の様子を訝しんだ妻ポーラは、妖艶だが不気味なエリーの娘ロクサーヌに近付く。そして、悪魔崇拝者の異様な所業を知ることとなる。

本作は、モダンホラー隆盛期に話題となり、関連ガイドで紹介される頻度も多い。悪魔(もしくは死神)と契約を結んだ人間が、死期を迎えて他人の身体に乗り移るという粗筋。今読めば、虚脱するほどの内容だが、当時としては新鮮だったのかもしれない。

良い点は、あっさりと読めてしまうことぐらい。文章はシナリオに近いほど味気なく、最も力を入れるべき情景描写が浅すぎる。音楽家を主軸としながらも、鬼気迫るような音楽が響いてこない。登場人物も須らくステレオタイプ。何か、捻りがあるかと期待させて、何もない。怪しい者は、結局、最後まで怪しいまま。死神のような男は、やはり死神だった。これでは、面白くなりようがない。上質なホラー小説は、やはり腕の立つ作家でなければ成立しえないのだろう。

 評価 ★

悪魔のワルツ (角川ホラー文庫)

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