海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

サスペンス/スリラー

「SSハンター」シェル・タルミー

ツイストを効かせた復讐譚の秀作で1981年発表作。タルミーの翻訳は本作のみだが、筆力があり、プロットも練られている。マーク・セバスチャンは、復讐を果たすためだけに生きてきた。元SS将校四人を必ず見つけ出し、この手で決着を付ける。三十年前の1940…

「狙った獣」マーガレット・ミラー

サイコサスペンスの先駆的作品でもある1955年発表作。日常がじわりと狂気に浸食され、逃げ場無き闇へと変貌していく怖さ。心理描写に長けた女流作家ならではの筆致が冴える秀作だ。 父親の遺産を継いだヘレンは、30歳となった今もホテルに引きこもり、孤独な…

「死のドレスを花婿に」ピエール・ルメートル

現代フランス・ミステリの底力を見せつけるルメートル。2009年発表の本作でも繊細且つ大胆な仕掛けを施した超絶技巧が冴え渡り、暗い情念に満ちた濃密なノワールタッチの世界と相俟って読み手を魅了する。 ソフィー・デュゲは、悪夢から目覚め、現実の地獄へ…

「ダブル・カット」ウィリアム・ベイヤー

エルサレムを舞台とする異色のサスペンス/スリラーで、1987年発表作。本作執筆にあたり現地に一年間滞在したというだけあって、ベイヤーの実体験に基づくディテールがリアリティを生み、物語の強度を高めている。永遠に混じり合うことのない異質の文化/民…

「八番目の小人」ロス・トーマス

1979年発表のスパイ・スリラー。玄人向けと評されるトーマスだが、決して敷居は高くない。スタイルの近いエルモア・レナードと同様、生きのよい会話を主体にテンポ良く展開するストーリーは、時にうねるようなグルーヴを伴い陶酔感をもたらす。第二次大戦終…

「ワインは死の香り」リチャード・コンドン

百万ポンドにのぼる莫大な借金。またしても賭け事で負けた。あと1カ月のうちにカネをつくる必要があった。英国海軍将校コリン・ハンティントン大佐は、追い込まれていた。起死回生の策を思い付くが、穴だらけだった。元部下のシュートに会い、プランを練り…

「ミステリガール」デイヴィッド・ゴードン

地元米国よりも日本で評判になったという「二流小説家」でデビューを果たしたゴードン、第2作目となる2013年発表作。タイトルから洒脱なハードボイルドを想像していたが、過剰なデフォルメを施した〝くせ者〟らが繰り広げる物語は、どこまでもオフビートな…

「追跡者〝犬鷲〈ベルクート〉〟」ジョゼフ・ヘイウッド

1945年5月2日、ベルリン陥落。その2日前にアドルフ・ヒトラーは自殺した。1987年発表の本作は、ナチス・ドイツ総統の死は偽装であり、逃亡を謀っていたという前提に立つ。事前から綿密な計画を練っていたヒトラーは、妻となったエヴァと己の替え玉となる男…

「盗聴」ローレンス・サンダーズ

あとに「大罪シリーズ」で著名となるサンダーズ、1970年発表のデビュー作。ニューヨークを舞台に大胆不敵な犯罪の顛末を描く。ミステリの定型を打ち破る実験的な意欲作であり、犯罪小説の手法を一変させる革新性をも内包する傑作だ。 不法侵入罪で投獄され、…

「サブウェイ123/激突」 ジョン ・ゴーディ

1973年発表のクライム・サスペンスで、大胆不敵な犯罪の顛末を多面的視点で描く。スピード感に満ちた展開は極めて映像的で、三度にわたって映画化もされている。犯人と警察の知恵比べ/攻防を主軸とせず、事件の当事者以外の第三者的人々の行動、社会への影…

「ドゥームズデイ・ブックを追え」ウィリアム・H・ハラハン

1981年発表の謀略小説。このジャンルは概して大風呂敷を広げるものだが、アイデアの奇抜さで本作は群を抜いている。 ドイツ再統一を目指す結社が、東西分断を引き起こした元凶のソ連を崩壊させるために、前代未聞のシナリオを書く。西側から越境して武器を運…

「子供たちはどこにいる」メアリ・ヒギンズ・クラーク

「サスペンスの女王」と謳われたクラーク、1975年発表作。多角的視点を巧みに用い、読み手を一気に引き込んでいく技倆は流石だ。発端から結末まで余分な贅肉が無く、秀れたサスペンス小説は、引き締まった構成によって生まれるのだと改めて感じた。7年前、…

「ファイナル・オペレーション」ジョン・R・マキシム

1989年発表作。スパイスリラー、ハードボイルド、ラブロマンスなどをクロスオーバーしたオフビートなスタイルが魅力、と評価された作品。主人公バーナマンは、世界中の諜報機関が利用した元暗殺請負集団のリーダー。引退後は正体を隠し、仲間らと共に或る地…

「レッド・オクトーバーを追え」トム・クランシー

1984年発表のデビュー作。テクノスリラー躍進の草分けとなった世界的ベストセラーで、本作をきっかけに同種の軍事シミュレーション小説が一気に量産されることになる。 ソ連が開発した超大型ミサイル原潜レッド・オクトーバー。軍事訓練を兼ねて大西洋への処…

「ダーウィンの剃刀」ダン・シモンズ

2000年発表の冒険スリラー。シモンズは、ホラー/SF/アクション/ハードボイルドなど、ジャンルを越境して創作、どの分野でも高い評価を得ている才人だ。小手先の技術ではなく、独自の世界観/スタイルをしっかりと構築し、その道の専門家に引けを取らな…

「拷問と暗殺」デイヴィッド・L・リンジー

1986年発表、ヒューストン市警殺人課刑事スチュアート・ヘイドンシリーズ第三弾。フォーマットは警察小説だが、これまでよりも主題を拡げ、政治色を強めている。 白昼堂々ヒューストンの路上で、メキシコ人の事業家ガンボアを狙った暗殺未遂事件が起きる。暗…

「発動!N Y破壊指令」デヴィッド・ウィルツ

1985年発表作。米国陸軍特殊部隊の精鋭スティッツアー軍曹は、山中での演習時に誤ってコヨーテの穴に落ち、三日間閉じ込められて発狂した。その後は専門施設に5年間にわたり監禁されていたが、或る日、新聞を読んでいた男は、まるで啓示を受けたかのように…

「コパーヘッド」ウィリアム ・カッツ

唖然とした。あまりにも冷酷無比な結末に衝撃を受けたのだが、これほど後味の悪い読後感を残すストーリーは稀だろう。荒唐無稽な娯楽小説と割り切ってもなお、社会的倫理を唾棄し、タブーであるはずの境界を躊躇なく踏み越えるカッツという作家の得体のしれ…

「デセプション・ポイント」ダン・ブラウン

「ダ・ヴィンチ・コード」の爆発的ベストセラーにより、ミステリ/謎解きの魅力を、あらためて世に知らしめたダン・ブラウンの功績は大きい。エンターテインメント小説に何が求められているかを突き詰め、刺激的で魅惑的なアイデアを盛り込み、ロマンに満ち…

「赤いパイプライン」エドワード・トーポリ

1988年発表作で、原題は「RED SNOW」。アンドロポフ政権時の旧ソ連が国家の威信を懸けたプロジェクト「シベリア=西ヨーロッパ・パイプライン」にまつわる秘史を題材とする。主な舞台となるのは、西シベリア・チュメニ州のヤマル・ネネツ民族管区。北極圈上…

「ディーバ」デラコルタ

1979年発表、フランスの覆面作家デラコルタの犯罪小説。パリを舞台にギャングらと渡り合う若者の行動をシャープな文体で描く。類稀なる歌声でオペラファンを狂喜させていた米国黒人歌手シンシア。彼女はディーバと呼ばれるに相応しい才能を持っていたが、レ…

「クラッシャーズ」デイナ・ヘインズ

ジェット旅客機墜落の真相を探るチームの活躍を、読み手の度肝を抜く壮大なスケールで描いた2010年発表作。謎解きと活劇の要素を巧みに織り交ぜ、劇的な場景を随所に盛り込み、全編ハイテンションで展開。筆致は極めて映像的で、ハリウッド映画張りの娯楽大…

「偶然の犯罪」ジョン・ハットン

1983年発表、英国CWAゴールド・ダガー受賞作。米国MWAもそうだが、1年間に出版された膨大な作品の中から、何を基準にベストを選出したのか首を傾げる場合も多い。日本の雑多なランキングも、信頼度では言うに及ばずなのだが。 主人公は、師範学校の中…

「ウィンブルドン」ラッセル・ブラッドン

1977年発表、プロスポーツを題材としたサスペンス小説の名編。テニスの国際大会「ウィンブルドン」を舞台に犯罪の顚末を描くのだが、本作がメインに据えているのは、若き天才テニス・プレイヤー二人が切磋琢磨し、頂点へと上り詰めていく過程だ。豪快且つ正…

「第五の騎手」ドミニク・ラピエール/ラリー・コリンズ

物語序盤、ニューヨーク市内に核爆弾を仕掛けた男が、米国大統領に向かって言う。「日本の民間住民の上にこの種の爆弾を投下したとき、あなた方自身が行ったのと同じ行為なのだ。あのときのあなた方の慈悲や憐れみの心はどこにあったのかね? 相手が白い肌を…

「六人目の少女」ドナート・カッリージ

イタリア発、2009年発表作。二重三重の捻りを効かせたサイコ・サスペンスで、世評は概ね高いが、どうにもすっきりとしない読後感だった。 未解決のまま時が流れていた某国W市の連続少女誘拐事件。その生死さえ不明だったが、山中から切断された六人の左腕が…

「彼女のいない飛行機」ミシェル・ビュッシ

タフでなければ、海外ミステリ・ファンではいられない。例え、本の値段に怖じ気付こうと、千ページを軽く超す大作であろうと、出版社や批評家の惹句に踊らされようと、原文を生かさない飜訳に違和感を覚えようと、作者の狡猾な術中に翻弄されようと、序盤早…

「バスク、真夏の死」トレヴェニアン

寡作ながらも完成度の高い作品を発表し続けた覆面作家トレヴェニアン。1983年上梓の本作は、バスク地方の避暑地を舞台に、たったひと夏、主人公にとっては人生一度きりの激しい恋愛の顛末を、どこまでも甘美に、どこまでも残酷に描いた傑作だ。 原題は「カー…

「コーマ - 昏睡 -」ロビン・クック

医学サスペンスの第一人者クック1977年発表のデビュー作。ボストンの大病院で、患者が脳死に至る事故が相次ぐ。何れも麻酔を施した手術後に昏睡状態へと陥り、最終的には植物人間と化していた。原因は不明。同病院の実習生スーザン・ウィラーは、通常であれ…

「暗殺者」グレッグ・ルッカ

1998年発表、アティカス・コディアックシリーズ第三弾。大手煙草会社を窮地に陥れる重要証人の暗殺をボディガードが防ぐ。本作は以上の一文で事足りる。捻りも起伏も無く、読後に何も残らない。評価できる点が何一つ無い。こんな駄作を褒めちぎることの出来…