海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「凍氷」ジェイムズ・トンプソン

カリ・ヴァーラシリーズ第2作。無残な人間の業がもたらす犯罪の顛末を陰影のあるノワールタッチで描いた前作に続き、本作も発端から結末までダークなトーンで包まれており、息苦しくなるような緊張感に包まれている。
物語は、ロシア人実業家の妻が拷問の果てに殺された陰惨な事件と、第二次大戦中にフィンランド強制収容所ナチスに加担しユダヤ人虐殺に関わったとされる人物の捜査が同時に進行する。ヴァーラは、妻・ケイトとの間に生まれる子どもを心待ちにしながらも、原因不明の頭痛に終始悩まされており、異常な人物らと関わり合う中で得体の知れない不安と焦燥感が消えることがない。出産に合わせてアメリカから訪ねてきたケイトの弟妹もそれぞれが問題を抱えており、異国の地でヴァーラらと衝突し遂には暴発する。米国出身でフィンランド在住という作者の強みを生かし、人種的/宗教的/歴史的な相異と対立を巧みに盛り込んで物語は深みを増している。さらに、銃器への執着や過剰な捜査で事態を混乱させるヴァーラの相棒・ミロの異質ぶりや、過度の刺激を求めた果ての変態的欲求が殺人行為へと墜ちていく者の鬼畜、さらに自堕落な暴力への衝動を国家犯罪と同化させて殲滅を相対化する非人間性と欺瞞性が容赦無く盛り込まれていく。

幸福感に満ちた結末でヴァーラを突如襲う暗い運命は、作者自身の最期をも予感させるものだ。たった四作をもって閉じられたシリーズの宿命に打ち震えざるを得ない。

評価 ★★★★★

 

凍氷 (集英社文庫)

凍氷 (集英社文庫)