海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「敵手」ディック・フランシス

作品毎に設定は変えつつも、ディック・フランシスの描くヒーロー像は共通している。己の信条に忠実で、誇り高く、不屈である。それは「偉大なるマンネリズム」ともいえる程で、何らかの形で競馬に関わるプロットに趣向を凝らしてはいるのだが、逆境に立たされた只中で主人公がとる思考と行動は、ほぼパターン化されているといっていい。それこそが、安定した人気を保持し続けた大きな要因であり、読者が求めたものなのだろう。

本作は、主人公をサディスティックなまでに追い詰め、逆境を如何にして乗り越えていくのかに主眼を置いた「競馬シリーズ」の中でも、最も過酷な状況へと追い込まれていく男、元騎手で調査員のシッド・ハレー登場の第三作。狡猾で惨忍な敵に立ち向かうという点では、他の作品とたいした差はないが、ハレーの隻腕というハンディキャップがエピソードに生かされ、物語にスリルと深みを与えている。常にもう一つの腕を失うかもしれないという恐怖心に打ち勝つまでの闘い。つまりは、己自身の弱さの克服こそがハレーシリーズのメインテーマともいえる。

馬の脚が切断されるという連続事件、白血病の少女とのふれあいなど、裏返せばハレー自身の障害に繋がっており、その共鳴が理不尽な悪への怒りとなって増幅されていく。障害は「弱さ」であると自覚する「強さ」こそが原動力となり、血となり肉になっていく。

評価 ★★★★

 

敵手

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