海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「サンドラー迷路」ノエル・ハインド

1977年発表のスパイスリラーの秀作。二重三重に仕掛けられた謎、緻密な伏線、終盤で畳み掛ける種明かし、苦い結末など、捻りの利いた構成で唸らせる。ハインド32歳での執筆と知って驚くが、多くの登場人物や複雑なプロットの展開がやや整理しきれていない点はあるものの力技で読ませる。

題材となるのは紙幣偽造によって敵国の経済混乱を目論んだナチスの「ベルンハルト作戦」だが、本作では偽札造りの「名人」が連合国と枢軸国両方で暗躍していたという設定。大富豪でもあったその男サンドラ―の娘として遺産継承者を名乗り出たレスリーが、同家の弁護士だった父親を持つ主人公ダニエルズを訪ねるところから物語は始まる。二重スパイでもあったサンドラ―は戦後に米国内で殺害されていた。だが女は、父親は今も生きていると告げ、その正体を隠すために妻と娘を殺そうとしたのだという。ダニエルズは調査を開始したが、やがてレスリーという人物も既に死んでいることを知る。背後に見え隠れするのは、サンドラ―を巡る大国間の陰謀であり、ダニエルズ自身にも関わる闇の歴史だった。そして屈折した過去へと遡る巨大な迷宮の入り口が開く。

登場する人物のほぼ全てが、狙いを明かさず正体を隠したまま行動するため、読み手は混乱するのだが、ミステリならではの謎解きの醍醐味は存分に味わえる。

評価 ★★★★

 

サンドラー迷路 (文春文庫 (275‐16))

サンドラー迷路 (文春文庫 (275‐16))