海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「蛍」デイヴィッド・マレル

デイヴィッド・マレルが1988年に上梓した極めて私的な作品だが、同業の作家らを中心に多くの反響を呼んだ。愛する息子マットの早すぎる死を、虚構を交えて小説という形で書き記しており、厳密にいえばノンフィクションではないのだが、その重い題材故に深い共感を得たのだろう。だが、残念ながら完成度は低く、何でも誉めるスティーヴン・キング述べるところの「生涯最高の作品」とは思えない。絶望と混乱、激しい後悔の念に苛まれた中で悲痛な思いを文章にしているのだが、創作を加えたと思われるエピソードが余分で逆に感動を薄めていると感じた。通常であれば、それまでの親子のふれあいや聡明であったというマットの想い出を適度に挿入して物語に厚みをもたせるところだが、本作は闘病から死までの経過を中心に描いており、実際に伝わってくるのは父親の焦燥感ばかりで、読み手を置き去りにしている。マットがどんな子供であったか、父親としてどう向き合ってきたかなど、純粋に事実だけを記録すれば、悲しみの表象である蛍というモチーフもさらに生かされたのではないか。恐らくマレルは、単なるノンフィクションに仕上げたくないという思いがあったのだろうが、物語作家としての技量/プライドが邪魔になった感じだ。無論、私も子を持つ父親の一人として、マレルの喪失感/無常観は痛いほど分かる。それ故に、本作への失望も大きい。

評価 ★★

 

蛍