海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「アメリカン・タブロイド」ジェイムズ・エルロイ

1995年発表、「アンダーワールドUSA」三部作の第一弾。アメリカ現代史の闇をエルロイ独自の史観と切り口で描いた野心作だが、拡げた大風呂敷の上に混沌の種子を散乱させたまま強引に物語を閉じているため、結局は収拾がつかずに投げ出した感がある。
本作も唯一無二の文体による過激且つ虚無的な情念の世界が読者を翻弄することは間違いない。だが、ノワール史を塗り替えた「LA四部作」での重厚且つ精緻な構成力は衰え、登場人物らのインパクトは強いものの極めて雑であり、総体的な完成度は低い。エルロイの意気込みだけが終始空回りしていると感じた。

60年代米国の「光と闇」を象徴するケネディ家に擦り寄り、カネと色と欲のみで結び付いた悪党らの狂騒。偽善と悪徳で腐り切った為政者、形骸化した元支配層の金満ワスプ、最下層を恐怖で牛耳るマフィア、独裁体制下で暴走するFBI、策謀に溺れ無駄な血を撒き散らす戦争屋CI A、労働者を骨抜きにし権力中枢へと食い込む巨大労組。脈絡無く積み上げられていく覇権争い。その隙間を飢えた狼ども、すなわち本作の主人公格となる三人の男が涎を垂れ流しつつ駆け回り、最終的にはJ・F・ケネディ暗殺へと至る濁流へと飲み込まれていく。

アメリカが独善的「自由」という大義の下に、傲慢な蛮行を繰り返してきたのは事実だが、エルロイは捩れた陰謀史観に捕らわれ過ぎている。肥大化した果てに内部から破裂する時を迎えつつあった覇権国家の実態を曝こうとする試みは、リアリティに乏しく、虚構性のみを強めている。ポピュリズムを建て前とする権力機構が「無法者/異端者」を野放しにするはずもなく、闇組織の如き自浄能力の欠如は、体制そのものの崩壊に繋がるからだ。時の要人らを我流にアレンジし、容赦無き俗物化を施して、米国の暗黒面を表象させているが、そこには、支配者層に対するエルロイ積年のルサンチマンさえ感じる。

まやかしの「正義」よりも、雑じり気のない「悪」こそが権力の源泉となり、目的が手段としての暴力を正当化する。けれども、その果てには破滅があるのみだ。
エルロイはこの先どこへ行こうとしていたのだろうか。

評価 ★★

 

アメリカン・タブロイド〈上〉 (文春文庫)

アメリカン・タブロイド〈上〉 (文春文庫)

 

 

 

アメリカン・タブロイド〈下〉 (文春文庫)

アメリカン・タブロイド〈下〉 (文春文庫)