海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「パーフェクト・キル」A.J.クィネル

本作発表の1992年時点ではまだ覆面作家だったクィネルが、処女作と同じ元傭兵クリーシィを主人公に据えた作品。以降シリーズ化しており、結末で次に繋がる流れを用意している。

1988年12月、パンナム103便がテロによって爆破された。乗員乗客全員が死亡、落下地スコットランドの住民らをも巻き添えにした。その中にはクリーシィの妻子もいた。同事件で妻を失った米国上院議員接触し、情報と軍資金を調達。首謀者をパレスチナ人民解放戦線の議長と絞り込んだクリーシィは、居住していたマルタの島ゴッツォで、報復の機を待つ。
己の復讐完遂のために、クリーシィは無名の女優と偽装結婚した上で、孤児の少年を養子に迎えて「殺人機械」に鍛え上げる。その必然性が極めて薄い。「補助役」として利用された少年には、当然「母親」への愛情が芽生えていく。物語の大半を占めるのは、かりそめの家族に感情の揺らぎが生じていく過程だが、須く暴力的な末路へと至るため、クリーシィの非情さのみが浮き立つ。

「燃える男」(1980年)から、10年以上を経ての復活となったが、「メッカを撃て」や「血の絆」など高水準の冒険小説を上梓しながらも、結果的にデビュー作を超えるものを生み出せなかったことと、作家自身のアイデア枯渇なども要因としてあったのだろう。マフィアを相手に壮絶な復讐劇を繰り広げる傑作「燃える男」は、狐狼の血の滾りを熱い筆致で描き切り、読了時のカタルシスは相当なものだった。本作もプロットはシンプルな復讐譚だが、活劇小説としての完成度は低いと言わざるを得ず、残念ながらクィネルの魅力を存分に味わえるとは言えない。次作への単なる伏線ともいうべき長い序章を読まされた気分だ。

評価 ★★

パーフェクト・キル(新装版) (集英社文庫)

パーフェクト・キル(新装版) (集英社文庫)