海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「探偵の帰郷」スティーヴン・グリーンリーフ

1983年発表、私立探偵ジョン・マーシャル・タナーシリーズ第4弾。デビュー以来〝正統派ハードボイルド〟の継承者として安定した評価を得ていたグリーンリーフは、本作によって固定化したイメージからの脱却を図っている。といっても、60年代後半から70年代にかけて登場したアクの強いヒーロー/ヒロインの流れに与した訳ではなく、プロット/世界観の幅を拡げるために、まずは探偵自身のアイデンティティをより厚くしておきたいという思いがあったのだろう。
冒頭、機上から故郷の町並みを俯瞰するタナーの心象が印象的だ。生まれ育った地、そこに暮らす人々に対する複雑な思いは、同様の経験を持つ読み手には共感できるに違いない。

本拠地サンフランシスコから離れ、30年振りに小さな田舎町へと帰郷した探偵は、タナー家の四兄妹が受け継いだ広大な農地を売却するか否かの話し合いに臨む。市や開発業者などのアプローチを受け入れて一過性の大金を望む兄二人、すでに農業を営んでいた子どもへの貸与を堅持する妹。三男であるジョン・タナーは、状況を見極めて最善の結論を出そうと試みるが、地元民や業者らの圧力、昔の恋人との再会などで気がそがれ、思うように事が進まない。そんな中、次男カートの息子ビリーが公園で首を吊って死んだ。青年はベトナム戦争帰還兵で、怪しげな環境保護団体と関わり、以前とは人格が変わっていたという。不可解にも警察を除き、彼を知る殆どの者は自殺を否定した。その根拠とは何か。かくて、近親者らが巻き込まれた事件の真相を探るべく、タナーは見知った顔の間を渡り歩いていく。甘美な郷愁に浸る暇もなく、己の過去と対峙し、人間の業がもたらす生々しく厳しい現実と向き合う男。遂には、今は亡き両親の最期に繋がる秘密さえ暴いてしまう。

物語は、不条理な戦争の実態を身を持って体感し、ドロップアウトした若者の鬱屈した怒りがどういう顛末を辿るのかを底流においている。階級や人種、性差別などの社会的問題は、都会よりも田舎の方が眼に見えやすく、過激になりやすいことも明確にしている。
シリーズのターニングポイントとなる本作は、主人公が次のステップへ進むために不可欠な試練を与えたグリーンリーフの意欲作といえる。さらに、終盤での殺人者へと導かれていく過程、その決着の付け方は、ミステリの定石を外したもので異色だ。ただ、清廉且つ堅実なスタイルを崩すことはなく、派手な活劇が無いのは相変わらずだが。
当時としては稀なストイシズムを敢然と貫き続けるタナーは、やはり真っ当なハードボイルド・ヒーローの理想像だと改めて感じた。

評価 ★★★

 

探偵の帰郷 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1454)

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