海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「東の果て、夜へ」ビル・ビバリー

2016年発表作。内外で高い評価を得ており、犯罪小説/ロードノベル/少年の成長物語と、様々な読み方ができる作品だ。全編を覆う青灰色のトーン、凍てついた冬を背景とする寂寞とした空気感。筆致はシャープで映像的。主人公の心の揺れを表象する内省的な情景描写も巧い。動と静のバランス、光と影の均衡が、広大なアメリカの乾いた大地と相俟り、強いコントラストとなって魅了する。

15歳のイーストは、ロサンゼルスの裏町にある麻薬斡旋所の見張り番を務めていたが、警察の強制捜査によって居場所を失う。犯罪組織のボスであり、イーストのおじでもあるフィンが少年を呼び出し、或る仕事を命じる。組織幹部の裁判で証人となった裏切り者トンプスンを、出廷前に殺すこと。その男は、遠く離れたウィスコンシン州へ旅行中だった。同行するメンバーは3人。横暴な元大学生ウィルソン20歳、気弱なコンピューター技術者ウォルター17歳。そして冷酷非情な殺し屋タイは、イーストの腹違いの弟で、まだ13歳。滅多に口を利かず、不仲が続いていた。2000マイル先の標的を目指し、4人はバンに乗り込む。長い旅の中で直面する不知の社会、倦怠に満ちた下層に澱む人の群れ。他世界から受ける刺激に順応できず、加えて寄せ集めに過ぎない一行の関係は終始乱れ、不協和音の中でトラブルが続出する。イーストは、不正義のただ中でも正しくあろうとするが、暴力との境界は容易く崩れる。人を殺す。その代償がどれほど重いか。誰もが半人前の〝仲間〟三人との対峙によって、自らの幼さも抉り出されていく。少年は旅の終着点で〝仕事〟を終えるが、本当に為すべきことをまだ見付けていなかった。

主人公を含めて主要な登場人物が黒人であることが根幹となり、物語を大きく揺り動かしていく。都会と田舎での偏見/格差。他者の眼は己の黒い肌を否応無く意識させ、実存を揺るがす。犯罪を糧としながらも或る意味では守られていた境遇から、身ひとつで全てを乗り越えなければならない厳しい現実に曝された少年の眼前には、ひたすらに東へと続く道があるのみだった。犯罪組織の末端で生きてきた過去と、長い旅の経験を経て、生きることを見つめ直す心の有り様を、深く鮮やかに描き出している。

過去/現在/未来の道程を緩やかに繋ぎ、踏み締めていく過程が、三部構成によって繊細且つ劇的に綴られていく。本作品で最も読み応えのあるパートは、何もかもを投げ捨てたイーストが辿り着く寂れた町で展開する、極めて静謐な終盤にある。少年は、主を失ったペイントボール場を引き継ぎ、ひたすらに修復しつつ、旅を回想する。無意味に殺された二人の少女の残像、最後まで分かり合えなかった弟との距離感、ひとときの安らぎをもたらした恩人の死。自分を過去に縛り付け、イーストを引き戻そうとする〝西〟からの誘惑。

まだ行き着いてはいない東の果て。自分の名〟イースト〟に別れを告げ、一番星の輝くころ、新たな旅を決意する少年の背中。そこに弱さの克服と幼さからの脱却、決別と再生へと向かう心を、見事に映し出して物語は終わる。

評価 ★★★★

東の果て、夜へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

東の果て、夜へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)