1972年発表、レジ・ウェクスフォード警部シリーズの一作。本作が日本初紹介となり、そのあと飜訳された心理サスペンス「ロウフィールド館の惨劇」(1977)で、人気に火が付いた。一時期のレンデル・ブームは凄まじく、新たな女流推理作家の登場に、ミステリファンらが沸いていたと記憶しているが、個人的には「…惨劇」は好きな作品ではなく、レンデルは敬遠していた。
本作は、ウェクスフォードが籍を置くキングズマーカム警察を離れた休養中の話で、いわば番外編に近い。ロンドンの古い墓地で若い女の死体が見付かる。住まいと名前は判明したが、どうやら偽名らしく、身元もはっきりしない。暇を持て余したウェクスフォードは、同じく警察官である甥から情報を得つつ、単独で捜査を始めたが、死んだ女の正体を探るほどに、その名も相貌も性格も変わっていった。果たして、被害者は何者なのか。
何故、この作品から翻訳がスタートしたのかは不明。内容もさして本格推理小説の真髄が味わえるものではなく、極めて地味な印象。ロンドンの観光案内も兼ねた舞台設定や、往時の若者らの風俗にも触れている展開が、読み手に馴染みやすいと判断したのだろうか。
真相を解く鍵となるのは、養子縁組に伴う愛憎で、それに新興宗教を絡め、或る若い母親を襲った悲劇を主軸としている。短いストーリーの割には登場人物が多く、整理されているとはいえない。最終的に明かされる殺人者の動機もすんなりと納得できるものでは無く、伏線も弱い。
関係者の間を渡り歩くウェクスフォードは、試行錯誤しつつ事実を掘り起こす。その捜査法は実直で、人情派らしく、人々を見つめる眼差しは穏やかだ。脅しや駆け引きなどは一切とらない。その分、必然的に誤りをおかして、推理は二転三転するのだが、単なる推理過程でのズレから生じているだけのため、驚愕のツイストとまではいかない。
恐らく、本シリーズの魅力は、一にも二にも生真面目なウェクスフォードの〝渋さ〟に寄っているのだろう。ただ、シムノン/メグレのような達観的な味わいにまで結び付かないところが、物足りない。といっても、〝伝統の英国ミステリ〟ファンにとっては、私には蛇足に感じる家族間の日常的やりとりさえも心地良いと感じるのだろうが。
評価 ★★
ひとたび人を殺さば (角川文庫 赤 541-1 ウェクスフォード警部シリーズ)
- 作者: ルース・レンデル,深町眞理子
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 1980/09
- メディア: 文庫
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