海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「フィッツジェラルドをめざした男」デイヴィッド・ハンドラー

ゴーストライターのスチュワート・ホーグシリーズ、1991年発表の第3弾。
今回の依頼は、フィッツジェラルドの再来と謳われた新進気鋭の小説家キャメロン・ノイアスの回想録。大学時代に執筆した処女作が大きな反響を呼び、華々しいデビューを果たすものの、第2作以降が全く書けなくなっていた。ノイアスの旧友で著作権代理人サミュエルズにとって、溢れ出る才能と魅力的な容姿で一躍時代の寵児となった若者の名を留めることは喫緊の課題だった。
ホーグは、文学界の旗手として名を馳せながらも、その後は鳴かず飛ばずとなり、不本意な生業で生きている己自身と重ね合わせる。かつての自分の姿が、そこにあった。煌びやかな世界は、裏を返せば、さもしい俗物らの巣窟である。その象徴の如き〝文壇〟へと戻ったホーグは、ノイアスの取り巻きである出版社の編集長や文芸評論家らの間を渡り歩く。やがて、浮かび上がるノイアスの深い闇。ホーグは、不可解な殺人事件の幕開けとともに、入り組んだからくりの中へと絡め取られていく。

飜訳された当時は〝都会的でお洒落〟という惹句がついていた。確かに、舞台設定や会話などからは、モダンで洗練された印象を受ける。ただ、シャープなセンスに溢れてはいるが、プロット自体は極めてハードで、読後感も決して軽くはない。主人公の眼を通して人間の業を冷徹に捉えており、ハードボイルド本来のスタイルを踏襲している。カネと名誉、愛憎と虚栄。それらにがんじがらめとなった者どもの醜態を、容赦無く描き切っている。
文体はスマートで心理描写も巧い。本シリーズの一人称は〝僕〟だが、まず妥当だろう。ホーグが元妻のリリーに寄せる愛情、常に主人公と同等に行動し感情表現も豊かな愛犬ルルの可愛らしさが、決して物語の邪魔にならず生彩を与えている。
挫折を知る者だからこそ、他人の弱さやしたたかさを敏感に掴みとれる。その繊細な顔の裏にある飽くなきタフネス、正義を求める心こそが、複雑な人間関係を紐解き、恥辱に満ちた真相へと近付ける基盤となっている。
オシャレで軽めのミステリという先入観で読めば、本シリーズの本質を見失う。ハンドラーは、なかなか侮れない作家なのだから。
評価 ★★★

フィッツジェラルドをめざした男 (講談社文庫)

フィッツジェラルドをめざした男 (講談社文庫)