海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「マンハッタンは闇に震える」トマス・チャステイン

チャステイン熟練の技巧が冴える傑作。
ニューヨーク市警16分署次席警視マックス・カウフマンを主人公とした第3弾。本シリーズの魅力は、超過密都市でしか起こり得ない大掛かりな犯罪の独創的着想、警察組織の機動力をフルに生かしたダイナミックな捜査活動、狡猾な犯罪者との息詰まる攻防、そして、重厚でありながらもスピード感を備えた卓越した筆致にある。1979年発表の本作も、物語を象徴する原題「ハイ・ボルテージ」の通り、全編緊張感が途切れることがなく、警察小説の醍醐味を堪能できる。

マンハッタンで相次ぐ原因不明の停電は、ニューヨーク市を相手取った脅迫者らが引き起こしたものだった。市全域に及ぶ電力供給を止めることも可能だと告げ、200万ドルを要求。実際、意のままに送電を操っていたのだが、手口は一向に解明できなかった。事件当初から名指しで脅迫電話を受けていたカウフマンは、複数人いる犯罪者に繋がる僅かな糸口を掴み、捜査の対象を絞り込んでいく。やがて、浮かび上がった容疑者の一人を追い詰めるが、男は通りすがりの母子を人質に取って立て籠もり、現場は騒然となった。マスメディアが逐一状況を伝える中、人質となった女の夫が駆け付け、予想外の行動に出る。投降説得のために呼び出されていた容疑者の家族に銃を突き付け、自分の妻と子の解放を迫った。事態は思わぬ方向へと流れ、動顛の展開を辿ることとなる。

ここまではまだ序盤なのだが、軸となる犯罪から派生する意想外の挿話を盛り込み、その余波が捜査の進展に直結/影響するさまを織り込んでいく。犯罪者グループとの駆け引きは中盤まで続き、終盤では遂にニューヨーク全域が停電となる。要所でツイストを利かせつつ、怒濤のクライマックスへと向かっていくのだが、緻密に練り上げたプロットには唸るしかない。

チャステインの文章はさらに磨きが掛かっており、打ち震える街の姿を臨場感豊かに活写すると同時に、理不尽な凶悪犯罪に対する義憤と焦燥、事件解決に向けて邁進するカウフマンの心象を的確に伝えている。中でも一章の大半を費やして、70年代後半のマンハッタンの情景を綴るシーンは、本作の白眉となっている。喧騒の中、人々の息遣いまで感じる美しさで詩情に溢れている。
やさぐれた中年の刑事が主流となっている警察小説の中で、ダンディズムを貫くカウフマンは異例の存在だが、決して嫌味にならない〝格好良さ〟にも魅せられることだろう。

 評価 ★★★★