海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「殺人保険」ジェームズ・ケイン

ケインは自作について「共通するのは、欲望を満足させる〈愛の棚〉に身をのせた愛人たちのラヴ・ストーリーだ」と述べたという。甘美な表現に過ぎるようにも思えるのだが、恐らくレッテル付けを嫌ったケインならではの受け流し/はぐらかしなのだろう。
1943年発表の本作も「刹那的な愛に溺れた男と女が、保険金殺人を目論み、破滅する物語」という一文で紹介は済むのだが、プロットに捻りを加えて、ひと味違う作品に仕上げている。サブジェクトは、官能と頽廃であり、全編をリードするのは〝ファム・ファタール(運命の女)〟となる。
ハードボイルド/ノワールにおいて、ファム・ファタールは、綿々と受け継がれてきたモチーフだ。妖しい魅力を持つ危険な女。その虜となり享楽的な情事に耽溺したままに、真っ逆さまに闇へと墜ちていく男。本作は、ケインの原点であり、最も読まれている「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1934)を自ら焼き直した作品だといえるが、よりサスペンスを重視した構成で、ミステリとしての読み応えが増している。ラスト一行の残酷で空虚な響きも忘れがたい。

余談だが、本作を映画化した「深夜の告白」で監督のビリー・ワイルダーと共同で脚本を書いたのがレイモンド・チャンドラーである。その時のエピソードは、映画の裏話などで紹介されているが、ケインの作品を毛嫌いしていたというチャンドラーの大人気なさが如何にもで面白い。

評価 ★★★

殺人保険 (1962年) (新潮文庫)

殺人保険 (1962年) (新潮文庫)