海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「緋色の研究」コナン・ドイル

シャーロック・ホームズ初登場の長編で1887年発表作。〝名探偵の代名詞〟として今も世界中に浸透している訳だが、私見としては、謎解きの面白さをシャープに伝えるミステリの原型を整えたことが本シリーズ最大の貢献だと考えている。
本作は、総じて批評家らには評価の低い作品のようだが、その大きな理由は、物語中盤で流れを断ち切る大胆な構成にあるのだろう。ホームズは前半で殺人者を突き止めるが、以降は終盤まで退場したままとなる。世の〝シャーロキアン〟にとっては、ヒーローの不在は我慢ならないのかもしれない。
だが、本作の読みどころは、主人公抜きで事件の背景を描いた後半にこそある。ワトソンとホームズの出会いから、ポーやコリンズへの対抗意識を剥き出しにして探偵の推理力を〝お披露目〟するパートは、古めかしく退屈だからだ。その後に続く真相、一気に文体を変え、殺人者の道のりを書き記した濃密な復讐譚は、物語作家としてのドイルの底知れ無さを感じさせるに充分な内容となっている。ただ、実在する或る宗教団体への偏見は過剰ではあるのだが。
単なる犯人当ての推理をメインにするなら短編で充分。長編に求められるのはドラマ性であり、幅広いジャンルで作品を著したドイルは、当然それを踏まえていたのだろう。

 評価 ★★★

緋色の研究【新訳版】 (創元推理文庫)

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