海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「アマゾニア」ジェームズ・ロリンズ

現在(2020年4月)パンデミックの状態にあり、終息する兆しが全くみえない「新型コロナウイルス」によって、感染症の恐さを世界中の人々があらためて実感している。本作では、サブ的ではあるのだが、未知の疫病が蔓延する恐怖も描いている。当然、娯楽小説としての過激さ/誇張を加えているが、ウイルス発生から感染拡大、パニックの情景 、ワクチン開発から終息まで、現実に起こり得る一連の流れに即しており、ディテールは確かだ。

アマゾンを舞台とする冒険スリラーで2002年発表作。あとに「シグマフォース」シリーズで真価を発揮するロリンズの雛形がすでに仕上がっている。

4年前、アマゾン奥深くで行方不明となり全滅したと考えられていた米国の調査隊。その一員だった元軍人クラークが、キリスト教布教地となるインディオの村に突如姿を現す。男は全身を癌に蝕まれ、ひと言も喋ることのないまま死亡。先住民は、クラークの胸に刻まれた入れ墨を見て恐れ戦く。それは、文明とは無縁の社会を築き、今なお謎に包まれているインディオ、バン=アリ族のシンボルだった。そして、奇妙なことに、かつて戦場で失ったはずの男の片腕が完全に〝再生〟されていた。
米国政府はブラジルのインディオ財団と混成チームを結成、陸軍レインジャー部隊を護衛につけ、現地捜査に乗り出す。消えた調査隊が接触したと思しきバン=アリ族こそが、人間の失われた細胞を作り出す画期的な〝秘薬〟を持っていると推測。捜索隊はクラークの痕跡を辿り遡っていくが、待ち受けていたのは、この世の地獄だった。

行く手を阻んだのは、異常な進化を遂げて変貌/凶暴化した獣や爬虫類、昆虫の群れで、隊員を次々に捕食した。加えて、人体再生の秘薬を狙い、捜索隊の後を追う正体不明の傭兵集団との戦闘によって、目的地到達の確率が限りなくゼロに近づく。
一方、アメリカでは未知のウイルスによる疫病が蔓延。感染拡大は留まるところを知らず、死者数は加速度的に増え続けていた。発生源はブラジル。媒介者はクラーク。遺体が運ばれたルートに沿って感染が広がり、人々は急激に増殖する癌に侵され死んでいた。人体再生を叶える秘薬の代償としては、あまりにも残酷な仕打ちだった。特効薬も、時間も無い。ウイルスの謎を解き、抗体発見への扉を開ける鍵。しかし、それを唯一手に入れることが出来るアマゾンの捜索隊は、その時、凄まじい恐怖の只中にいた。

不可解な謎を孕みつつ序盤から一気に加速する。登場人物の造形はやや浅いものの、敵のインパクトは強烈だ。未開の地で次々に強襲してくるハイブリッド生物は多種多様。集団で人間に喰らい付くシーンは生理的な嫌悪感を抱かせるほどで、一気にホラーテイスト全開となる。また、捜索隊を狙う傭兵集団の冷酷なボスと、その情婦が圧倒的な存在感を誇示して、物語を引っ掻き回す。特に、インディオの混血で美貌の女は殺し屋でもあるのだが、鉈を握り締め、獲物を求めて全裸でジャングルを駆け回る姿には度肝を抜かれる。しかも、胸に飾るのは、悍しい自作の「干し首」ネックレスだ。ともかく、作者が〝愛情〟を込めて悪役を描いていることが存分に伝わってくる。魅力的な悪の存在こそが、冒険小説/スリラーのクオリティを高めるのである。ロリンズの筆致は簡潔で、読み手の五感を刺激する描写が巧い。

未踏の秘境と闇に葬られた秘史、未知の病原菌と突然変異した生態系、人類を襲う未曾有の危機に、現代テクノロジーを駆使して立ち向かう科学者と特殊部隊、狡猾で残忍な闇組織の陰謀。そして、主軸となるのは、誇り高きヒーローの活劇と愛憎入り乱れる人間ドラマだ。ややパターン化されているとはいえ、エンターテインメントに不可欠なケレン味をたっぷりと盛り込み、息切れすることなくクライマックスまで突っ走るパワーは、やはり並の腕ではない。

 評価 ★★★

 

アマゾニア (下) (扶桑社ミステリー)

アマゾニア (下) (扶桑社ミステリー)