海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ゴールデン・キール」デズモンド・バグリイ

「男の中に熱い血が流れている限り、不可能ということはないんだよ」
……これは、冒険小説に通底する〝美学〟を見事に言い表した有名な台詞だ。名作「高い砦」(1965)によって、永遠に記憶されるバグリイ。滾る血の命ずるまま、たとえ愚かと嘲笑されようとも、眼前にある〝不可能〟に命を賭して挑むことに生きる意義を見出す者たち。培った智恵/経験/技術/肉体。何よりも不屈のタフネスを糧に、冒険に懸ける。その矜持、飽くなきロマンこそが冒険小説の真髄だ。
本作は、1963年発表のデビュー作(死後に発掘された「南海の迷路」が事実上の第一作目となる)。新たな書き手の登場に本格冒険小説のファンは歓喜した。そして20年後、数々の傑作を遺して逝ったバグリイの余りにも早い死を惜しんだ。

……イタリアの或る山中には財宝が眠っている。南アフリカケープタウンの造船所で設計者として働くハローランは、酒場で知り合ったアル中の男ウォーカーから、にわかには信じ難い話を聞く。
第二次大戦中、ウォーカーが加わっていたパルチザンが、ドイツ軍の輸送部隊を襲撃、トラック数台に積み込んだ4トンにも及ぶ金塊や宝石、多額の紙幣と機密文書を発見した。ドイツ兵を皆殺しにした反乱軍構成員らは幹部に報告することなく略奪、人里離れた廃坑内に埋めた。その後も戦争は続き、財宝を盗んだメンバーは、戦闘とは関わりない場面で次々と不審死を遂げた。生き残ったのは二人。ウォーカーとカーツ。語りの中でウォーカーは、野蛮なカーツが独り占めするために仲間を殺していったのだと匂わせた。
ハローランは最初は虚言として捉えていた。だが数年後、それを裏付ける報道が出た。愛する妻を事故で失い、鬱屈した日々を送っていたハローランの中で、何かが変わった。再びウォーカーと接触後、財宝を手に入れるための計画を練り始める。課題は多い。まず、成功の鍵を握るカーツを引き込むことが不可欠となる。また、足が付く宝石や紙幣、ましてやナチスの機密文書を盗むなど論外となる。狙うは、金塊のみ。合法的に売買できるモロッコ・タンジールでカネに変える。問題は、イタリアから密かに運び出す方法だった。ハローランには秘策があった。自作のヨット「サンフォード号」を使う。人目を欺くために、金塊を一旦溶かして船の一部に加工する。黄金の竜骨〝ゴールデン・キール〟によって、海を渡る。男たちの冒険行は、こうしてスタートを切った。

冒険小説の王道をいくプロットで、個性的な登場人物を多数配置して起伏に富んだ物語に仕上げている。総体的にバグリイの主人公は強い印象を残すことがなく、その分、脇役がしっかりと自己主張して本筋に絡んでくる。本作でも、仲間となりながらも本性をみせないウォーカーとカーツが不安要素/障害となり、最後まで緊張感が持続する。さらに、ハローランらの計画を知り、中途から国際的犯罪グループを率いる狡猾なメトカルフ、かつてのパルチザン幹部の娘でミステリアスなフランセスカらが加わり、事態は敵味方入り乱れての腹の探り合い/争奪戦へと流れていく。ただ、全般的に活劇的要素は低く、どちらかといえば人間ドラマに比重を置いている。終盤では地中海洋上を舞台に、吹き荒れる嵐の中での死闘を展開。冒険小説の醍醐味が味わえる。

実は、本作の発端となるナチスの財宝を巡るエピソードは、実際にバグリイ自身が体験した事実を基にしているという。
大海原をいつまでも漂う夢の残像。果たして、黄金を手にするのは誰か。結末はシニカルでありつつも、爽やかな読後感を残す。

 評価 ★★★☆☆