海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「キングの身代金」エド・マクベイン

息子を返してほしければ、50万ドル用意しろ。若い男二人組が犯罪を実行に移す。大手靴製造会社重役キングの自宅から少年を連れ去り、脅迫電話を入れた。事は順調に運んだ。ただひとつ、最低最悪のミスは別として。誘拐したはずのキングの長男ボビーは、まだ家族のもとにいた。間抜けにもキング邸に同居する運転手レナーズの息子ジェフを誘拐したのだった。ボビーとジェフは、同い年で背格好も似通っていた。誘拐犯エディとサイは隠れ家に戻り、計画の続行を決めるが、エディの妻キャシーは二人の非道ぶりに逆上した。一方、キングは葛藤していた。カネならあった。この事件が起きる前から、キングに造反する幹部らの先手を取り、会社の株を密かに買い占めていた。まもなく実権を握る。そのための軍資金だった。単なる使用人の子の命を救うために、己の人生を棒に振っていいのか。夫の無慈悲な言動を妻ディエンは激しく非難した。繰り返される修羅場。身代金受け渡しの時は、すぐそこまで迫っていた。

1959年発表の87分署シリーズ第10弾。警察小説の書き手として腕の見せ所となる誘拐事件を初めて扱い、本作に賭けるマクベインの気合いが伝わってくる。今回は、馴染みの刑事らは脇役に回り、誘拐犯と被害者家族の緊迫感溢れる交渉をメインに描いている。特にエゴイズムの塊であるキングの造形が深く、追い詰められていく男の焦燥がリアルだ。極限状態で様々な選択を強いられる者たちを冷徹に突き離すことなく、事件解決の鍵に〝ヒューマニズム〟を堂々と用いる流れも巧い。重いテーマでありながら、苦いペーソスと軽妙なユーモアを織り交ぜていく筆力は流石だ。そして、読み手を静かな感動へと導く見事な〝締め〟には、マクベインの人情味/優しさが溢れている。

 評価 ★★★