海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「サブウェイ123/激突」 ジョン ・ゴーディ

1973年発表のクライム・サスペンスで、大胆不敵な犯罪の顛末を多面的視点で描く。スピード感に満ちた展開は極めて映像的で、三度にわたって映画化もされている。犯人と警察の知恵比べ/攻防を主軸とせず、事件の当事者以外の第三者的人々の行動、社会への影響もリアルタイムで追う。

武装した男4人組がニューヨークの地下鉄をハイジャックした。一車両を切り離して乗員乗客を人質に取り、市に対して100万ドルを要求。タイムリミットは一時間。身代金受け取りが遅れた場合は一人ずつ殺していくと告げる。逃げ場のない無謀な犯罪だったが、犯人グループには周到な計画と練り込んだ秘策があった。前例のない凶悪事件は、一瞬にして大都市に狂騒を巻き起こす。

物語は、群像劇に近い。
様々な状況下にある者たちが、犯罪者4人と応酬を繰り広げる。
己らの運の悪さを呪わざるを得ない人質/乗客の面々では、幼い子供二人を連れた主婦や気丈だが頼りにならない老人、反抗心を剥き出しにして墓穴を掘る黒人活動家や、金づるの客のもとへ一刻も早く駆け付けたい一心で犯人に色仕掛けを試みる娼婦、そして命知らずのヒーローになるよりも生き延びることを選択するヒッピー姿の覆面刑事など。
一方、騒乱の真っ只中にある地上の様子も細かく拾っていく。群衆はニューヨークの大動脈を切断されてパニックに陥り憤怒の声を上げ、苦渋の決断を強いられた市長と側近はカネの調達に奔走し、ラッシュアワー時の混乱を回避したい市交通局はダイヤ変更に四苦八苦し、待機したままで大した出番のない警察は交通整理や身代金搬送に右往左往し、マスメディアは降って湧いた刺激的な事件に狂喜し逐一報道する。それらの狂乱ぶりをカオスに陥ることなく、余すことなく伝えていく。
主人公/視点を特定しないため、目まぐるしく場面が切り替わるが、刻々と変転する各々の状況を現在進行形できっちりと記録。一人一人の造形は浅くなってはいるが、野次馬などの端役に至るまで印象付ける筆力は申し分ない。 何より、人種の坩堝ニューヨークで生きる人々の逞しさが精彩を放つ。

最大の読みどころは、包囲されたトンネル内から犯人グループが逃走する方法だが、ゴーディは練り込んだアイデアで、完全犯罪が決して不可能ではないことを示唆する。当然、予測不能の事態が起こり、終盤から頓挫する方向へと流れていくのだが。
斬新な着想と躍動感溢れる情景描写、素早い場面転換による疾走感、クライマックスに向けて高まるボルテージなど、サスペンスの技法に長けている。土壇場で立ち上がる〝ヒーロー〟ヒッピー刑事の活躍など、シニカルなユーモアを用いた緩急の付け方も巧い。結末シーンで僅かしか登場しない刑事が最後に吐く台詞も気が利いている。
確かな実力を持つゴーディの才気溢れる力作。翻訳数が少ないのは残念だ。

評価 ★★★★

サブウェイ123 激突 (小学館文庫)

サブウェイ123 激突 (小学館文庫)