海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「孤独なスキーヤー」ハモンド・イネス

1947年発表作。南欧の雪山を舞台にナチスの金塊を巡る争奪戦が展開する。今では格別目新しさもない題材だが、発表年を考えれば先駆となる作品であり、後にスタンダードとなる着想をいち早くカタチにしたイネスは流石だ。

主人公は元軍人ブレア。文筆で生計を立てようとも叶わず、ロンドンで旧知の映画監督イングレイスと出会ったことから、異様な事態に巻き込まれる。イングレイスは、シナリオ執筆をブレアに依頼するが、条件があった。イタリア北部のドロミテ・アルプスの山荘に滞在し、集まってくる者たちを監視/報告すること。不審に思いつつも、ブレアはロケ地視察のカメラマンと共に現地へ赴く。長いリフトで登った先にある山小屋に集う男と女。和やかに談笑し、スキーを楽しむ一方で、国籍などの素性や真の目的を決して明かさない者たち。麓の町では、近々競売に掛けられる山荘への関心が高まっていた。以前の所有者は、既に死亡していたナチス戦犯シュテルベン。この男はイタリアからドイツへの金塊輸送に関わり、強奪した疑いがあった。ブレアは宿泊客の言動を注視するが、それは自ら危険を招く道に通じていた。

金塊の在りかを知る者は誰か。物語の大半は、雪に閉ざされた山小屋での腹の探り合いに終始し、密室劇的な展開が続く。相変わらず、主人公の没個性がイネスの弱点でもあるのだが、脇役には狡猾な人物を多数配置し、サスペンスを高めている。本作の白眉は、やはり山中での臨場感豊かなスキーシーンだろう。
山小屋を焼き尽くすラストでの紅蓮の炎。誰一人として報われない結末を辿るのは、イネスのシニカルなスタイル故か。波乱万丈のストーリーよりも、欲に取り憑かれた人間の末路を非情に描くスタンスが印象に残る。

評価 ★★★

孤独なスキーヤー (ハヤカワ文庫 NV 51)

孤独なスキーヤー (ハヤカワ文庫 NV 51)