海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「鉄道探偵ハッチ」ロバート・キャンベル

土砂降りの雨の中、暗い山の尾根を走る列車。シカゴ発、サンフランシスコ/オークランド行き「ゼファー号」に、ジェイク・ハッチは乗っていた。職業は、様々な犯罪やトラブルの解決に当たる鉄道探偵。今夜もひと仕事終えて、馴染みの女の家へ向かう途中だった。大半の乗客が眠っていた午前4時20分、非常ブレーキが引かれ列車が止まった。ハッチは車掌らと共に線路に降りて原因を探る。車輪の下で見つかったのは、腹から真っ二つに分断された男の上半身。身元を明らかにする持ち物はない。少し離れた場所に下半身があった。男が持っていた切符は、逆方向に向かう列車のものだった。探偵は乗員乗客に事情を説明し、捜査に移る。一方、死体は最寄りの駅へと運ばれ、検死へとまわされた。後刻、ハッチは検死医に状況を尋ね、返ってきた言葉に驚愕する。上半身は確かに男だが、下半身は女の体であると。つまり、あの現場で轢死体となったのは男と女、二人の人間だった。
ハッチは自嘲する。「人間の体の上半身と下半身が見つかって、まだ死体がほかにあるなんて誰が思う?」


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これ以上ない、見事な導入部だ。
ハードボイルドタッチで始まる静かで気怠いムードが一瞬で様相を変え、〝本格物〟さながらの魅惑的な謎を提示するのである。読み手の不意をついてインパクトを与え、一気に物語へと引き込む。キャンベルの技倆に改めて感服した。
事故か、他殺か。轢死した男と女は何者で、どういう関係なのか。男の下半身と、女の上半身はどこに消えたのか。徐々に解き明かされていく事実は、予測外の状況へと変転しつつ、さらに闇を深めていく。

1988年発表のハッチシリーズ第1弾。鉄道探偵という馴染みのない生業を生かし、鉄路に沿って行動する主人公の動線が新鮮な世界を創り出している。発端こそ本格物顔負けの謎を打ち上げて度肝を抜くが、本編はサスペンス主体のスマートなミステリとなっている。プロットは手堅く練り込まれ、散りばめた伏線もしっかり回収し、真相には不自然さがない。登場人物の描き分けも確かで、エピソードに無駄がない。
筆致は派手さこそないが、一人称一視点による語りが、時に感傷を交えながら心象を鮮やかに印象付ける。主要な駅のある土地ごとに親しい女を持ち、したたかに独身生活を楽しむ男という設定も巧い。全編を流れる淡くレトロな色調も心地良い。何より、己の仕事に真摯に取り組む主人公のタフネスぶりが本シリーズ最大の魅力だろう。
小品だが情景のひとつひとつが味わい深く、ミステリの奥深さを再発見できる秀作だ。

念のため付け加えておくが、同姓同名の日本文学研究者ロバート・キャンベルとは別人である。

 評価 ★★★★