海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「血の夜明け」ロバート・モス

1991年発表の濃密なスリラー。
長きにわたりメキシコは政治腐敗の極みにあり、「制度的革命党」は不正選挙で半世紀以上も独裁体制を敷いていた。政権に対する私怨を持ち、北部の分離独立を目指す首謀者カルバハルは、麻薬密輸業者を引き込み、政府転覆のプロジェクト「サファリ」に着手する。成功の鍵は米軍介入にあり、密かに米国側要人と結託し準備を進めていた。覇権政策を推し進める大統領補佐官、軍の再興を目論む将軍、メキシコ湾の豊富な油田独占を狙う石油業者ら。あとは、低迷していたCIAを操りつつ、現アメリカ大統領バトラーの醜聞を利用して揺さぶりを掛けるのみだった。そんな中、「サファリ」極秘文書を載せた飛行機が国境沿いで墜落。同機には、カルバハル一派となる密輸業者の麻薬も積んでいたことから、事態は予期せぬ方向へと転がり始めた。

主人公はCIAメキシコ支局長ジム・クリーガー。叩き上げで清廉潔白、部下からの信頼も厚い。メキシコ秘密警察(SIN)長官ガルシアとは太いパイプを持つが、馴れ合いの仲ではない。国境で消えた大量の麻薬に絡む騒動で、娘と親友の判事を巻き込まれたクリーガーは、背後にメキシコ右翼の存在があり、米国政府の要人らにも繋がる策謀を嗅ぎ取る。上層部からの不可解な圧力が掛かる中、クリーガーは孤独で熾烈な闘いへと身を投じていく。

 細かい章立てで場面転換も早いのだが、都度かなりの情報を詰め込んでいる。登場人物も多く、各々が重要な役割を持っているため、読み手は結構なエネルギーを消耗するだろう。ただ、プロットは練り込まれており、中弛みなく高い緊張感が持続する。謀略に関わる者全てが私利私欲に塗れており、その醜態を白日の下に曝していく流れには、悪徳が罷り通る国家体制へのモスの煮え滾るような怒りを感じた。

本作を読んで改めて思ったことは、アメリカにとって、隣国メキシコは常に「脅威」であることだった。政情不安と密接に絡む麻薬や不法移民問題、石油資源という政略的な思惑。血と暴力が吹き荒れたのち、謀略の頓挫によって悪い奴らは一掃され、唯一大衆から支持を得ていた男が改革を推し進めるという「希望」を灯して夜明けを迎える。アイロニカルな結末も巧い。

メキシコ政府の腐敗は極端な例だが、本作で米国と経済的な覇権争いを繰り広げている国として、日本にも頻繁に言及している。要はカネに物を言わせる国家の代表として取り上げている訳だ。本作が上梓された直後、〝バブル崩壊〟によって呆気なく衰退するのだが、さすがにそこまでは予見できなかったようだ。今も政治屋どもの卑しさに於いては、アメリカもメキシコも日本も、似たり寄ったりだが。

評価 ★★★★

血の夜明け (文春文庫)