海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「リラ作戦の夜」マーヴィン・H・アルバート

1983年発表作。第二次大戦中のフランス南部にある港町ツーロンを舞台とした戦争冒険小説で、史実と虚構を巧みに織り交ぜている。

1942年秋。ドイツに敗北後、実質は傀儡に等しいヴィシー政権下のフランス。休戦協定によって小康状態にはあったが、所詮はまやかしの平穏に過ぎなかった。ソ連北アフリカで苦戦を強いられていたドイツ軍は、戦況を覆す反撃を画策。だが、アフリカ戦線での逆攻勢を仕掛けるためには、ツーロン碇泊中のフランス軍艦隊を奪うことが必須となった。一方、連合国司令部は、極秘裏に南部侵攻を謀るナチスの動きを察知、工作員潜入に着手する。課せられた使命とは、艦隊司令部と接触後、速やかに出港を促すか、もしくは自沈遂行を説得し果たすこと。ドイツの顔色を窺う仏政府は頼りにならず、しかも限られた時間の中で極秘裏の任務遂行が求められた。選ばれたのは、英国特殊作戦執行部の精鋭ジョナス・ロイター。地の利を得てはいたが、当然のこと未知の試練を乗り越える必要があった。

物語は、独仏水面下の攻防を絡めつつ、現地レジスタンスの協力を得て工作活動に邁進するロイターを追っていく。プロットは手堅いが、主人公を含めて登場人物に抜きん出た魅力が感じられない点は残念。あまり取り上げられることのない歴史的事実を題材とした着眼点と構想力は光る。

評価 ★★★

 

リラ作戦の夜 (ハヤカワ文庫NV)

リラ作戦の夜 (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「静寂の叫び」ジェフリー・ディーヴァー

ディーヴァーの名を知らしめた出世作で、大胆且つ緻密な構成と簡潔且つ流れるような語り口が見事に結実した傑作である。冒頭から結末まで、常に読み手の予想を超える展開で、ページを捲る手を止めさせない。
本作は、聾学校の生徒と教師を人質に取り廃棄された食肉加工場に立てこもった脱獄犯3人と、FBI/警察合同の対策チームによる一触即発の攻防を描き、登場人物一人一人の息遣いまで感じさせる濃密な世界を創り出している。二重三重に仕掛けを施し、単調な犯罪小説に終わらない趣向も凝らしてエンターテインメント性を重視。加えて全編シリアスなムードに徹し緊張感が途切れることがない。

狡猾で残虐な犯罪者と、冷徹で経験豊かなネゴシエイターとの心理戦が最大の読みどころとなるが、特に主人公格のFBI交渉人ポターの造形が深く、一人でも多くの人質解放を為すために過酷な決断を迫られる男の苦悩を余すところなく活写している。限られた時間と凄まじい重圧の中で繰り広げられる駆け引きは、攻勢/防御の合間に持久戦を挟みつつ、柔な楽観を瞬時に打ち砕く劇的なプロセスを経て、限界まで加速していく。
障害を持つ子どもと女性に限定した人質の設定には、ディーヴァーの〝悪魔的〟な着想/算段が読み取れる。つまり、寸断される意思疎通や暴力への微弱なる対抗手段など、須く残酷な情況へと陥らざるを得ず、活路を開く起死回生策が如何に困難極まりないかを、よりクローズアップできるからだ。

臨場感溢れるリアルタイムでの追体験と、前へ前へと煽られていく疾走感は、読み手に対して少なからずのストレスさえ強いるだろう。
持論だが、サスペンスの極意とは、謎をはらんだ危機的情況へと一気に追い立てる序盤、更に追い詰められて精神的緊張/迷走へと向かう中盤、ようやくの転回/逆転を経て窮地を脱し最終的な開放或いは破滅へと至る終盤のカタルシス、以上の三段階にある。当然、小説家の筆致如何で出来不出来は決まるのだが、本作に於けるディーヴァーの冴え渡る技巧は、サスペンス/スリラーの手本とも成り得るものであり、「交渉人」を主題とした数多い作品の中でも白眉の出来である。

評価 ★★★★★

 

静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 

静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 

 

「眠る狼」グレン・エリック・ハミルトン

ハミルトン2015年発表のデビュー作。
職業軍人バン・ショウが10年振りに帰郷する。音信が途絶えていた祖父ドノの不可解な呼び出しに応えたものだった。だが用件を確認する前に、ドノが何者かに撃たれ重傷を負う。生命を狙われた理由を探るべく、ショウは祖父の仕事仲間をあたる。ドノは現役の泥棒で、かつてショウ自身も盗みの手ほどきを受けていた。やがて工業用ダイヤモンド強奪の「大仕事」にドノが関わっていたことを掴むが、それは同時に新たな暴力の火種へと通じていた。

フレッシュではあるが、全体的に物足りなく、読後には何も残らない。プロットや人物設定は「いつかどこかで読んだ」という印象。いわば著名な犯罪小説を継ぎ接ぎして仕上げた感じなのだが、掘り下げが浅く新鮮味が無い。そもそも本作で重要な役割を担うドノの泥棒稼業について、その技量の凄さが全く伝わってこない。弟子でもある孫に対して大した人生訓を述べる訳でもなく坦々と教えているのだが、風格が無い。主人公が軍人というバックボーンも生かされず、結局は祖父さんの泥棒仲間が、トラブル処理の段取りを殆どこなし、終盤へと繋げている。邦題の「狼」とは、ドノを指しているようだが、冷徹な野生を剥き出す訳でもなく眠ったままでは、盛り上がるはずがない。気負いは空回りし、凡庸な展開に終始する。

評価 ★★

 

眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)

眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「スノーマン」ジョー・ネスボ

時流に乗る北欧ミステリ。中でもノルウェーの俊英ネスボの人気は高く、順調に翻訳出版が続いている「幸福な作家」の一人だ。本国ではロックミュージシャンを兼ねているらしく、勢いのままに突っ走る独特のリズム/熱気に溢れた文体は、バックボーンに根差すものなのだろう。ただ、構成の緻密さには欠け、破綻すれすれとなる危うさも抱えていると感じた。
本作はオスロ市警察の刑事ハリー・ホーレシリーズ、2007年発表の第7弾。雪に覆われた街で女性を狙う殺人鬼が出没する。過去10年間にわたり未解決となっていた失踪事件との関連性も浮上。いったい何人が犠牲となったのかも不明で、事態は混沌の様相を呈した。不遜にも殺人者は現場近くに不気味な雪だるまを残すことで存在を誇示し、警察を挑発する。「スノーマン」の意味するものとは何か。凍てついた街の闇へと潜り込んでいったホーレ自身だったが、やがて窮地に追い込まれていく。

下地は警察小説だが、一匹狼的な主人公と謎解きを重視したマイクル・コナリーボッシュシリーズに近い肌触りで、ハードボイルドのテイストが強い。独特の呼称を持つ登場人物が多く、カットバックの手法もこなれていないため、多少混乱する。プロットは練り込まれており、連続殺人の真相を巡り二転三転する展開は刺激的だが、ホーレ以外にインパクトを与える登場人物がいない。もう少しケレン味を加えれば、完成度はより高くなったはずだ。

評価 ★★★

 

スノーマン 上 (集英社文庫)

スノーマン 上 (集英社文庫)

 

 

 

スノーマン 下 (集英社文庫)

スノーマン 下 (集英社文庫)

 

 

「最高の銀行強盗のための47ヶ条 」トロイ・クック

軽快なタッチの疾走感を楽しむクライムノベル。
レビューとしては以上で事足りる。器用だが深みに欠けるため、読後に何も残らない。個性的な小悪党らを多数配置し、適度なユーモアを交えたエピソードは多彩だが、コメディにしろ、シリアスにしろ、物語へと惹き付ける強度が足りないと感じた。決して悪くはないが、良くもない。要は読者の好み次第だろう。

主人公タラ・エバンズは、銀行強盗を生業とする父親ワイアットに幼い頃から手ほどき受けてきた。22歳となった今も拘束/ガードされ、不満を募らせている。現状に耐えかねたタラは、或る田舎町で一目惚れした保安官の息子マックスを連れて飛び出す。血気盛んな21歳の若者は喜び勇んで強盗の真似事を始めるが、怒り狂ったワイアットは、娘を取り戻すべく跡を追う。当然の流れでマックスの父親も参戦、さらにはワイアットが隠し持つ金を狙う間抜けな元仲間らも乱入。若い犯罪者二人を巡ってのドタバタ劇が急ピッチで展開していく。

本作の登場人物で唯一「異質」な存在が、狡猾な犯罪者ワイアットで、その不快なまでの狂気/残忍性が、爽快なイメージとなるはずの全体をぶち壊している。表題でもある「最高の銀行強盗のための47ヶ条」は娘が継承し、事あるごとに呟くのだが、含蓄や捻りが無いのも痛い。

巻末の解説では、村上貴史が著名な作家を並べて絶賛に近い評価をしている。犯罪小説界隈の簡単なガイドともなっており、実は本編よりも為になる。しかし、本作はハイアセンの社会悪に対する批判精神も、ウェストレイクの犯罪者へのドライな眼光も、レナードのモダンで柔軟なスタンスも、さらにはブレイクのアウトローらの愛に満ち溢れたパッションも、残念ながら感じ取ることは出来ない。本作結末の甘さは、その「物足りなさ」を端的に示している。

評価 ★★☆

 

最高の銀行強盗のための47ヶ条 (創元推理文庫)

最高の銀行強盗のための47ヶ条 (創元推理文庫)

 

 

 

「奪回」ディック・フランシス

1983年発表の競馬シリーズ第22弾。後にフォーサイスが「ネゴシエイター」でも題材とした誘拐交渉人を主人公とする。
犠牲/被害を最小限に抑えるべく、如何に行動し解決へと導くか。その心理的な駆け引きが最大の読みどころとなるが、本作のミソは交渉人が誘拐対策企業に勤める派遣スタッフの一人に過ぎないという点にある。通常は防衛策を施すサポートに徹し、不幸にも誘拐となった場合には犯人との交渉、奪回まで責任を負う。要人を対象とする誘拐事件は国内外問わず発生する恐れがあるため、ネットワークを駆使できる専門企業の創出は、リアリティを持たせる上でも不可欠だったのだろう。
当然、警察や関係者らとの連携/折衝など、瞬時の処理能力と大胆且つ柔軟な交渉術が求められるため、心身共にタフでなければならない。フランシスの着想は当を得ており、これまでのストイックで頑強な精神を持つヒーロー像は、そのまま本作に於いても生彩を放つこととなる。
卑劣で狡猾な誘拐をテーマとする物語は、やや中弛みはありながらも結末まで緊張感を失うことはない。特に終盤に於ける誘拐犯、交渉人相互の「逆転劇」は周到で、流石はベテランといったところ。最後の最後で間抜けな失策を犯す誘拐犯の腰砕けぶりには脱力したが。

評価 ★★★

 

奪回

奪回

 

 

「深層海流」リドリー・ピアスン

1988年発表、米国の実力派作家ピアスンによる警察小説の力作。主人公は殺人課部長刑事ルー・ボールト。僅かな手掛かりを掘り起こし、検証/実証して犯人像を絞り込み、浮かび上がる痕跡を追う。その極めて実直な捜査法を抑制の効いた筆致で丹念に描いている。地味ながらもプロットは練られており、ボールトをはじめとする刑事群像も鮮やかで、飽きさせない。

シアトル湖岸一帯の限られたエリアで独身女性のみを狙った連続殺人が発生。絞殺後に胸を十字に切り裂く異常なパターンを持つことから「十字架殺人」と呼ばれていた。8人目の犠牲者が出た後、ようやく被疑者逮捕となるが、その男は裁判中に被害者家族の一人によって射殺されてしまう。殺人は途絶え、事件は解決したかのように見えたが、ボールトは疑念を抱いていた。悪い予感は適中し、同じ手口による新たな殺人が起きる。しかも同時期、真犯人とは別の者によって「十字架殺人」を模倣した犠牲者が出る。模倣犯は、証拠を残さない狡猾さも備えていた。一向に解決しない猟奇殺人に震え上がる市民。貴重な情報は警察内の何者かによってマスコミにリークされ、捜査は行き詰まる。

殺人者は二人。しかも模倣犯は、明らかに警察内部にいた。ボールトは、殺人者の眼となって状況を再現する心理的側面と、複数の殺害現場から矛盾点と被害者らを結び付ける接点を見出す物理的/科学的側面の両面からアプローチする。
殺された9人目の殺害現場を丹念に捜査した結果、向かいに住む少年が犯行の様子を目撃していたことを掴む。最初は頑なに拒否していた少年の心をようやく開かせたボールトは、真犯人に繋がる大きな糸口を手にした。だが、またしても内部情報は漏れ、特定された少年が殺人者に拉致される。父母は惨殺され、胸には血の十字が刻まれていた。憤怒の念に駆られ、少年の行方を探すボールト。胸を突き刺すような傷みを伴う後悔は、事件とは別となる己自身の悔恨にも根差していた。

冒頭で子どもを見詰める主人公の心境を描写するさり気ないシーンがあり、どのような伏線なのか気になっていた。後に、子どもを望んでいた妻にボールトが中絶を強要していた過去があったことが分かる。事件に巻き込まれた少年に対するぎこちなくも愛情に満ちた接し方や、導入部での複雑な眼差しは、荒んだ中年の刑事が自覚無き「父性」に目覚め始めていたことを表しているのだろう。
無常にも奪われていく生命。その罪の重さを、子を失った妻の無念に重ね合わせ、ボールトはようやく自戒するのである。不条理な暴力によって「愛する者」を奪われる悲痛が、より深く印象付けられる巧みなエピソードといえる。終盤でボールトが流す涙が心に響く理由もそこにある。

評価 ★★★★

 

深層海流 (新潮文庫)

深層海流 (新潮文庫)

 

 

「女王のメッセンジャー」 W・R・ダンカン

舞台となる東南アジアの濃密な空気感まで見事に再現した1982年発表のスパイ/スリラーの秀作。新興国家に渦巻く謀略の顛末をスピード感溢れる筆致で描き、劇的な流れで読ませる。

厳格な規律のもと、英国の最高機密文書を全世界で運ぶ〝メッセンジャー〟マーストンが香港の空港から失踪した。抱えた鞄の中には、タイの密林に潜み、貴重な情報を送り続けている正体不明の男「エクスカリバー」のメッセージが含まれていた。背後に浮かび上がるKGB工作員の影。同時期にマーストンの娘が誘拐されており、その父親は脅迫による拉致だったことが判明する。事態は謎をはらんだまま錯綜し手詰まりに。英国秘密情報部は、「エクスカリバー」が受け手として唯一指名していたMI6局員ゴードン・クライヴの派遣を決める。過去に同地で工作班を率いたことがあり、土地鑑があった。課せられた使命は、マーストン追跡と秘密文書の奪還。香港、タイへと消えた男の痕跡を辿りつつ、クライブは決死の工作活動を繰り広げていく。

緊張感をはらみ展開する物語は、構成力と人物造型に優れ、ボルテージは終盤に向かうほどに加速する。特筆すべきは、タイの思想風土を偏見無く描いている事で、死者を弔う古来からの仕来りや、継承した文化を守り続ける人々を真摯な眼差しで捉え、違和感なくストーリーに組み入れている。クライヴが現地採用するタクシー運転手と元ボクサーの用心棒との交情など記憶に残るシーンも多く、枝葉をきっちりと彩色していることにも好感が持てる。主人公は敏腕だが陰影があり、任務遂行のためには暴力も辞さない非情な面を持つ。裏切り者と対峙し、積年の遺恨を晴らす終幕は、苦いカタルシスに満ちる。

評価 ★★★★

 

女王のメッセンジャー (ハヤカワ文庫 NV 344)

女王のメッセンジャー (ハヤカワ文庫 NV 344)

 

 

「制裁」アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム

北欧の新進作家として高い評価を得ているルースルンドとヘルストレム合作による2004年発表のクライムノベル。暴走する群衆心理の怖さを主題とし、息苦しく虚無的な展開で読後感は重い。

4年前に二人の少女を強姦/惨殺した凶悪犯が護送中に脱走、その足で幼児を拉致して殺す。子どもの父親は憤怒の念に駆られて復讐を決意。遂には殺人者を追いつめて、娘の仇を討つ。報復行為はマスコミによって大々的に喧伝される。刺激を受けた大衆は、画一的且つ曖昧な「正義」への使命感に昂揚/熱狂する。そこには、犯罪者の人権を優先し、新たな犠牲者を出す危険性を考慮しない国家体制/機能への不信と憤りがあった。警察を無視した性犯罪者狩りが始まり、私刑はエスカレート、制御不能となる。

或る瞬間を堺に、異常へと変わる日常。
無常にも愛する者を殺された時、法の裁きに委ねるよりも、己自身の手で罰を与え、復讐を成し遂げたい。例え当事者でなくても思うことだ。さらに、異常者による無差別殺人、それが誰の身にも起こり得た情況であり、殺害方法が冷酷/残酷であればあるほど、憎悪は増し、犯罪予備軍の脅威が高まる。
遺恨を持つ者による断罪をマスメディアが正義の行為として黙認し、「悲劇のヒーロー」として持ち上げ、より一層大衆を煽った場合、極めて粗暴な「制裁」が下層社会でまかり通る。たかが外れ倫理観を失い、怪しい奴は排除せよという暴力の標榜へと向かう。殺人者との〝狂気の差〟は、当然のこと縮まり、同化していく。無法化は、享受する者が無価値と判断した時点で起こるのである。

罪と罰の命題は、ミステリ小説の根源的テーマでもあり、殺人者を「どう裁くか」に焦点を当てた作品も増えている。娯楽性重視の〝本格推理もの〟であれば、メインの謎解きと解決で幕を閉じれば終わりだが、犯罪の〝質〟の異常性がより深刻化している現代に於いては、犯人逮捕で一件落着ではなく、社会的な影響も含めて、罪に値する罰に何が相応しいかという提議も、重要な意味を持つ。本作は復讐譚の「その後」を重点的に描くことで、極めてアクチュアルな問題提起をしていると感じた。
決着を明確に提示しやすい〝法廷もの〟は別として、物語の大きな山場ともなる罰のあり方、つまりは結末の付け方は作家の腕の見せ所でもある。クライムノベルやハードボイルドでは、大抵は暴力的な結末へと至り、善悪関わらず殺人者の死を持って終結することが多い。本作は突き詰めれば、その因果応報に沿うものだが、最後に待ち受ける復讐者の運命はあまりにも哀しい。揺るぎないはずの「正義」を容易に打ち砕く不条理こそ、この物語の終幕に相応しいとは、何たるペシズムか。

評価 ★★★★

 

 

制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

制裁 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

「マギの聖骨」ジェームズ・ロリンズ

疾風怒濤の勢いでスリラー界に名を馳せるロリンズの「シグマフォース・シリーズ」〝第1弾〟。全編クライマックスという表現が相応しく、加速度的に疾走するストーリーには圧倒される。冒頭から結末まで凄まじい量の情報を盛り込みながら、破綻することなく力業でまとめ上げる技量は相当なものだ。しかも、今なお精力が衰えることなくシリーズ続編や単発の冒険小説を量産し続けているのだから、その底力は計り知れない。

キリスト生誕祝福の伝説が残る「東方の三博士〝マギ〟」。その骨として伝わる遺物は、ドイツのケルン大聖堂などで保管されていたが、古代の錬金術師と暗殺者の秘密結社「ドラゴンコート」が襲撃し強奪。聖堂内の教徒らは奇怪な殺傷兵器によって惨殺されてしまう。「聖骨」が秘める力とは何か。それを手にした闇の組織が狙うものとは。ヴァチカンは最終的にアメリ国防省内の機密組織「シグマ」に応援を要請。特殊部隊の精鋭グレイソン・ピアースらはヨーロッパや中東へと飛び、古代にまで遡る謎を解明しつつ、狂信者グループとの戦いへと身を投じていく。

物語は、遺跡などを巡る謎解き中心の「静」と、敵との戦闘を繰り広げる「動」のパートを交互に展開する。まず、最先端の科学技術を駆使し、古代文明や秘教が絡む未知の秘宝などからヒントを得て、闇組織/陰謀の実態へと迫る。そして、次の扉を開く鍵を入手した瞬間に、満を持して悪党らが登場。現代兵器が飛び交う中で、激烈な肉弾戦を繰り広げるハリウッド映画張りのアクションシーンへと切り替わる。

探究の章がある程度進行すると、必ず危機的状況下での活劇へと移るため、構成自体は単調である。この「お約束」的な流れは本シリーズ最大の魅力であり、逆に予定調和となる欠点でもある訳だが、主人公らが難局を乗り越える手法はアイデア満載なため、最後まで飽きさせることはない。要は「ゲーム感覚」のエンターテインメント作品というイメージが色濃く、その意味では現代の読者にアピールする力を持っている。

クロスオーバーする「科学とオカルト」を主軸に、派手なアクションシーンを織り交ぜた新たなヒーロー小説。本シリーズが根強い人気を誇る理由も頷ける。

評価 ★★★★

 

マギの聖骨 上 (シグマフォース シリーズ1)

マギの聖骨 上 (シグマフォース シリーズ1)

 

 

マギの聖骨 下 (シグマフォース シリーズ)

マギの聖骨 下 (シグマフォース シリーズ)

 

 

「死よ光よ」デイヴィッド・グターソン

人生の光芒を鮮やかに切り取るグターソン1998年発表作。自らの死と直面した老境の男が、その最後となる「旅」の途上で、様々な境遇の人々と出会い、別れていくさまを情感豊かな筆致で描いている。重い主題を扱いながらも、真っすぐなヒューマニズムを謳い上げ、読後感も爽やかだ。

結腸癌に侵され、余命半年の宣告を受けた男、ギヴンズ。元心臓外科医の73歳。これまで数多くの死と向き合ってきた老境の男は、掛け替えの無い妻にも先立たれ、もう思い残すことは何も無かった。身辺整理をし、連れ添った愛犬2匹を車に乗せて、死に場所と決めた山へと向かう。幸福な家庭を築く娘や孫たちに、後で嫌な思いをさせないため、自らの死は狩猟中の事故に見せ掛けるつもりだった。
米国北西部の茫洋たる山脈。老いた男は二度と帰らないと誓った死への旅路で、或る時は子どもの命を救い、或る時は若者たちの助けを借りる。たった数日の間に積み上げる短くも濃密な解逅は、ギヴンズの心を激しく揺さぶる。逃れられない死を眼前にしながらも、人生の意義について「新たな経験」を通して学び直し、病んだ心身は癒やされていく。

天空の星を眺め、夢まどろみながら、男は足跡を振り返る。
甘美なる少年時代の追想。今は人手に渡ったリンゴ園。切り盛りしていた父親の気骨と優しさ。常に夫を支えてきながらも不治の病によって壮絶な最期を迎えた母親の温もりと美しさ。大義無き戦争で無惨にも殺された兄の英気と無念。
そして、後に妻となるシルヴィアとの甘酸っぱい恋。貧しくも気高い少女との瑞々しい逢瀬のシーンは、短い挿話ながらも、本作の劇的なエピソードの中でも白眉となっている。
やがて看護師となったシルヴィアはヨーロッパ各地の戦場へ、ギヴンズは一兵士としてイタリアへと渡った。敗退し撤退するナチス軍を追い詰める過程で、次々と銃弾に倒れていく仲間たち。
或る日、致命傷を負った友人を担ぎ、後方の野戦病院へと運んだギヴンズは、その後の人生を変える出来事を体験する。既に心肺停止となった戦友を診て軍医は「その男は死んでいる」と告げた。だが、やおら胸部を開き、止まったままの心臓を握り、刺激を与えた。遂には鼓動を取り戻した友人は、再びの生を得る。名も無き外科医が果たした奇跡の蘇生術。軍医は事も無げに言う。「勉強すればできる。聖書物語の何かじゃない」
精神的後遺症を抱えたギヴンズは、シルヴィアと再会し結婚。そして、心臓外科医となった。

末期癌の傷みに耐えつつ辿り着いた先は、男が少年期を過ごしたリンゴ園だった。旅の連れとなった不法就労者の青年と共に臨時雇いとして滞在したギヴンズは、危険な状態で産気付いた妊婦を助ける。死にゆく運命にあった老人は、弱々しくも力強い生命力に溢れた赤ん坊の鼓動を全身で受け止める。生と死、それを照らす光。束の間のふれあいが、老人の過去と現在を繋ぐ糸となり、残り僅かな未来への路を眩いばかりに照射していた。
ギヴンズは、帰るべき場を目指して、もう一度歩み始める。

いずれは誰もが降り立つ「終着駅」で、生きることの喜びと哀しみに思いを馳せる時、いったい何を為し得るか。そのひとつの道標をグターソンは小説という形式を通して示している。
言わずもがなだが、実存的な冒険を通して生き方を根源的に問い直すジョン・バカンの名作「傷心の川」に比肩する純度の高い傑作である。

評価 ★★★★★☆☆

 

死よ光よ (講談社文庫)

死よ光よ (講談社文庫)

 

 

 

「狐たちの夜」ジャック・ヒギンズ

ヒギンズは過去の作家として忘れ去られつつあるが、「鷲は舞い降りた」や「死にゆく者への祈り」が、今後も色褪せていくことはないだろうし、代表作を読めば事足りるという薄い存在でもない。本作のようにいささか強引な筋書きであろうとも、独自に構築してきた〝美学〟は一貫しており、その根幹には揺るぎない冒険小説への愛がある。

1944年「D-デイ」前夜。イギリス海峡で演習中だった連合軍の艦船が沈み、極秘扱いとなっていたノルマンディへの上陸作戦を知る将校が行方不明となった。やがて、その漂着先はフランス北西沖の旧英領ジャージー島と判明。連合軍首脳部は救出計画に着手するが、島はナチス占領下にあり、捕らわれた英国人の口封じも視野に入れる。潜入工作員として選ばれた英国陸軍のマーティノゥはナチス将校を偽装した上で、補助役となるジャージー島出身の女とともにフランスへと向かう。

物語は「敵側」に捻りを加えている。
同時期、アフリカ戦線での活躍により〝砂漠の狐〟と呼ばれていた智将ロンメルは、自国の未来を憂う同志らとヒトラー暗殺のプランを練っていた。或る時、己と瓜二つの男に遭遇したロンメルは、隠密行動時に於けるアリバイ工作のための替え玉として利用することを思い付く。だが、人真似に長けたその男の実体は、出生を偽ったユダヤ人だった。もし素性が曝かれた場合は死が待ち受けていたが、敢えて男は身代りを引き受ける。ロンメルは偽装を施した男を、視察の名目でジャージー島に送り、その間に自らは総統暗殺に向けた謀議の場へと赴く。
かくして、洋上の孤島に偽者らが集い、敵味方入り乱れての生命を懸けた騙し合いと任務遂行への戦いが展開されていく。

多様な過去を背負いつつ、未踏の冒険へと向かう者どもの昂揚と躍動。闘いのさなかで培う友情と刹那的な恋愛。本作に於いても、信義を重んじるヒギンズならではの世界が拡がり、後戻り出来ない路を歩む者らが出会うことで、互いの運命が変わっていくさまが劇的に描かれている。やや甘さが残るとはいえ、熟練の腕を振るった人間ドラマは味わい深く、余韻も心地よい。

評価 ★★★☆

 

狐たちの夜 (ハヤカワ文庫NV)

狐たちの夜 (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「悪魔のような女」ボアロー、ナルスジャック

1952年発表作。数度の映画化もあり、ボアローナルスジャック合作の中で最も読まれている作品と言っていい。サスペンス小説の模範ともなる構成で、次第に追い詰められていく人間の心理描写は流石の筆致だ。登場人物を必要最低限まで絞り込み、緊張感が途切れることを防いでいる。フランスならではのノワール的な雰囲気も濃厚で、配役として欠かせない悪女、翻弄される脆弱な男、一切役に立たない第三者の不甲斐なさなど、基本をきっちりと押さえている。

平凡なサラリーマン、ラヴィネルは愛人の医師リュシエーヌと共謀して保険金殺人を計画する。営業出張先の宿泊所へと妻ミレイユを誘い込んだ二人は、睡眠薬で眠らせたミレイユを風呂桶に沈めて殺害。その2日後、死体を運んで自宅前の洗濯場から川に落とす。翌日早朝に仕事から帰ったラヴィネルが、妻の遺体を発見するという段取りだった。男はアリバイ工作を為した上で予定通り帰宅する。だが、水路の途中で引っ掛かっていたはずのミレイユの死体は跡形もなく消えていた。やがて、見間違いようのない妻の筆跡でメッセージが届き始める。ミレイユの兄夫婦を訪ねたラヴィネルは、先刻まで妹が顔を見せていたと告げられた。やはり、妻は生きているのか。幾度も打ちのめされた男は、次第に現実と妄想との境目を行き来するようになる。

物語は、勧善懲悪で終わらない痛烈なツイストを利かせたラスト一行で、「悪魔のような女」が誰なのかを指し示す。自壊していく殺人者の意識の流れを綴ることは相当の技倆がいるのだが、多少荒削りではありながらもリアリティを持たせたまま仕上げている。

 評価 ★★★

 

悪魔のような女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

悪魔のような女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 

「白の海へ」ジェイムズ・ディッキー

ミステリではないが、根幹には冒険小説のテイストがあり、予測不能の展開もあって強烈な印象を残す。

日米戦争末期、焼け野原と化していく東京でB29型爆撃機が墜落する。投げ出された機銃兵マルドロウは奇跡的に命拾いするが、敵国にただ一人取り残される。不可解にも男は、味方の救出を待つことなく、独自の観念に基き行動に移る。その手に漠とした日本地図を持ち、異国の直中を逃亡。頭の中にある目的はひとつ。北へと向かうこと。限りなく「白い世界」北海道へ。それは、理性ではなく、本能が命じていた。
男の「視野」は極めて狭く、思考範囲も限られている。生存本能に関わる感覚は異様なまでに鋭く、別の側面では非常に鈍い。自然に対する感性も野性児と同等。白鳥を殺し、餓えと寒さを凌ぐ。北海道へと渡ることは、男が生まれ育ったアラスカの大地へ還ることと同義だった。

男は日本人を侮蔑し、動物と同格として視る。身を守り、生き抜くために平然と殺す。異質であることがシンパシーへと変わる日本への畏敬は全く無い。読者によっては不快に感じるだろうが、海外作家が陥りがちな誤解と偽善に依る美辞麗句が無い分、潔いと感じた。
終盤、北海道に渡った男は或る部落に辿り着く。恐らくアイヌ民族であろう。歓迎されたにも関わらず、一匹の子熊を救う為に、村の男を殺す。そして、最期となる地では鷹匠の老人と出会う。男は、序盤とは全く別の人間に変貌している。社会性とは無縁の剥き出しの「生」。その躍動/昂揚が頂点に達した時、「白い世界」は真っ赤に染め上げられていく。

主人公の内面を推し量ることはできない。狂気と紙一重でありながらも、男を終始貫いているのは野性的な帰巣本能だ。人も動物も区別無く実存し、朽ち果てる「虚無」の世界。荒涼とした大地の上で、去来したものとは何か。静寂の中で迎えるカタルシスは白銀の彼方へと消え、男を駆り立てた思いも無へと化す。

評価 ★★★★

 

白の海へ TO THE WHITE SEA (小学館文庫)

白の海へ TO THE WHITE SEA (小学館文庫)

 

 

「ゴールド・コースト」ネルソン・デミル

有閑階級の衰退を独特のスタイルで描いた才人デミル1990年発表の異色作。
急速に台頭したアメリカ型資本主義社会の恩恵を受け、永らく栄耀栄華をほしいままにした大資産家ら。主人公ジョン・サッターは、その代表的階層となる「ワスプ」の体現者であることを、常日頃から自嘲気味に吐露する弁護士だった。妻スーザンも生まれながらの超富裕層に属し、〝超弩級の高級別荘地〟ゴールド・コーストの邸宅を受け継いでいた。広大な敷地内には厩舎を構え、別邸へは馬に乗り移動。だが、実態は、本邸の莫大な修繕費を賄うだけのカネが無く、ステータスシンボルは錆び付き腐食するままにまかせていた。夫婦は刺激に飢え、倦怠と枯渇感に陥っている。
そんな中、サッター家の隣りに、イタリア・マフィアの首領フランク・ベラローサが越してくる。当然、界隈の住人らは戦々恐々となるが、持ち前のシニカルさで渡り合えると踏んだサッターは、「良き隣人」としてギャングのボスと交流を深めていく。ベラローサがもたらすドス黒くも甘美な酔いに身を委ね、サッターは次第に感化される。だが、正気に戻り、酒に沈殿していた「毒」に気付いた時には、何もかもが既に手遅れとなっていた。術中にはまり闇組織へと組み込まれたサッターの人生は、発覚したスーザンの不貞によってひとつの破綻を迎える。

エリートとは名ばかりの俗物らを揶揄するデミルの筆は容赦無い。
裏を返せば、暴力の蔓延る世界でのみ生彩を放つベラローサの虚妄。僅かなひびが入れば、一瞬でカネも名誉も〝愛〟も失う薄氷上のワスプ、サッターの虚飾。一見対称的でありながら、根底にあるマチズモは共通しており、脆くも自壊していく矮小さは、したたかな女の存在によってより際立っていく。

 

世評の高い作品だが、私はそれほど感銘を受けなかった。筋立ては至ってシンプルで、個々のエピソードは印象深い。人物造形も流石の仕上がりである。けれども、やはり長大すぎる。主人公のシニカルな語りは、社会批判よりも自己憐憫に費やされているため、世界観も終始閉じられているという印象しかない。停滞した物語は終盤で一気に動き、退廃的ムードも高まるが、そこにカタルシスは無く、憐れな者どもの凋落ぶりのみが浮遊する。

アメリカ独自の歴史、風土、気質などを踏まえ、読解/実感へ結び付くだけの素養が、私には不足しているのだろう。

評価 ★★★

 

ゴールド・コースト〈上〉

ゴールド・コースト〈上〉

 

 

 

ゴールド・コースト〈下〉

ゴールド・コースト〈下〉