海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ジェゼベルの死」クリスチアナ・ブランド

1948年発表、ミステリ黄金期の傑作として評価されているブランドの代表作。終盤に至り、何度も〝事の真相〟をひっくり返して読者を撹乱する「本格物」ならではの〝遊び〟が大いに受けたのだろう。確かに、畳み掛けるような謎解きのスリルは味わえるものの、これも英国人作家の伝統なのか序盤から中盤までの展開がひたすらにもたつく。人間消失を扱うトリックは大胆だが、残虐な印象。探偵役をはじめ、どこまでも俗物的な登場人物らや、薄寒さを感じる真犯人の動機の描き方も、女流作家ならでは。ただ、こなれていない翻訳文のためか、殺人の舞台設定/情況が今ひとつ判りにくい。

評価 ★★★

 

ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)

ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)

 

 

「コンドルの六日間」ジェイムズ・グレイディ

CIA内幕を題材とするシリアスなスパイ映画として評価の高いロバート・レッドフォード主演「コンドル」の原作で1974年発表。主人公の名をはじめ、中盤以降の展開や最終的に暴かれる真相が異なるのだが、末端の諜報員が巻き込まれる謀略の顛末をドライに描き出している点で両作のイメージにずれは無い。

世界各国の出版物を分析し情報を抽出するCIA下部組織/外郭団体を武装した数人が襲撃、建物内の職員らを惨殺する。一時の外出で難を逃れた男マルカム(コードネーム「コンドル」)は、即刻CIA本部へと保護を求める。だが、その接触の場に待ち受けていたのは生き残りを葬るための騙し討ちだった。またも間一髪で死を免れたコンドルはそのまま潜伏し、前線のスパイ活動とは無縁な瑣末組織の壊滅を謀ったCIAの目論見を探る。やがて、同僚らが殺される直前の行動を調べ直したコンドルは、一職員がもたらした些細な報告が、CIA内部に巣食う背信者らを暴き出す鍵となっていることを突き止め、無謀で孤独な闘いへと身を投じていく。
主人公マルカムは序盤こそ冴えないが、決着までの6日間を通して、暴力さえいとわないタフな男として変貌、仕組まれた罠をすり抜けて反撃を加え、罪無きままに殺されていった者たちの遺恨を晴らす。

現実の諜報戦が決して清廉潔白ではなく、敢えて人倫に背くことによって目的を果たしてきたことは、史実の数々によって裏付けられている。超大国が覇権争いを繰り広げていた冷戦期、政府の中枢に陣取って大きな顔をしていた諜報機関の暗躍により引き起こされた紛争も少なくない。「陰謀の権化」は旧ソ連KGBの専売特許ではない。米国・CIAや英国・SISが「正義/自由」の側として振りかざす大義名分の裏に、排他的な偽善/独善があることは自明である。そして、時の権力者らの手先となって謀略に明け暮れた末に、肥大化した巨大組織は傲慢となるが故に必然的に内側から腐る。グレイディの着眼もそこにある。本作は、CIA自体を告発するものではないが、私利私欲に走る者どもによって国家組織が私物化され、共倒れしかねない実態を暴いている。 

評価 ★★★

 

コンドルの六日間 (1975年)

コンドルの六日間 (1975年)

 

 

「エヴァ・ライカーの記憶」ドナルド・A・スタンウッド

1912年処女航海の途上で沈没した豪華客船「タイタニック号」を題材に、半世紀にわたる連続殺人事件の謎を解き明かす壮大なミステリ。練り上げられた緻密なプロット、巧みな人物造形、臨場感溢れる情景描写など、重厚な読み応えに唸る傑作だ。

1941年、ハワイに滞在していた夫婦が不可解な情況下で惨殺された。二人はタイタニック号からの生還者だったという。警官ノーマン・ホールは死体発見時に恐怖にかられて職務放棄、事件は未解決のままとなった。その20年後、作家へと転身し名を馳せていたホールのもとに、米国の富豪ウィリアム・ライカーから突然の依頼が来る。進行中だったタイタニック号引き上げ計画についてのルポを書いて欲しいというものだった。沈んだ船にはライカーの妻子、秘書らが乗り、娘のエヴァだけが奇跡的に救い出されていた。過去の失態も含めて、奇妙な因縁を感じたホールは、史上最大の海難事故の実像に迫るが、それは同時に歴史の闇に隠された瞠目すべき犯罪の痕跡も炙り出していくこととなる。

「事件」「解明」と題した二部構成の中で、様々なエピソードを絡めつつ高まっていくサスペンスは実に見事で、その勢いは途切れることなく終盤の山場まで進んでいく。特に、その後の「運命」を知らないままに、タイタニック号の船上で繰り広げられる緊迫感に満ちた犯罪劇と、氷山に衝突した豪華客船内が一瞬にして地獄絵図へと変転する様は、異様なまでのリアリティで迫り、物語の白眉となるシーンだ。タイタニック号の悲劇的な最期を、どこまでも映像的/劇的に描写したスタンウッドの筆力には驚嘆せざるを得ない。
さらに本作は、極めて異常な犯罪者らが登場し、主人公が真相を探る過程で明らかとなっていくのだが、その狡猾で惨忍な人格は強烈なインパクトを与えてくる。

完成までに8年をかけたというスタンウッド28歳の作。その後上梓した作品は評判とならず、消えてしまった作家の一人なのだが、この渾身の一作でミステリ史上に名を留めることは間違いない。

評価 ★★★★★

 

エヴァ・ライカーの記憶 (創元推理文庫)

エヴァ・ライカーの記憶 (創元推理文庫)

 

 

「死刑台のエレベーター」ノエル・カレフ

ノエル・カレフ1956年発表の小説で、翌年撮影されたルイ・マル監督の映画化によって、世界的な知名度を誇るミステリ。身も蓋もない話だが、個人的には両作含めて「死刑台のエレベーター」に関しては、映画音楽としては革新的ともいえる即興演奏によって、作品の価値をさらに高めたマイルス・デイヴィスの芸術に尽きる。当時モダン・ジャズに於いて既に頂点を極めていたマイルスだが、その前衛的でアンニュイなトランペットの響きは、人間心理の闇を照射するモノトーンの映像と融合し、虚無的なフィルム・ノワールの世界へと見事に結実していた。
カレフの原作は心理的な側面よりも、偶発的な不条理を核にしたもので、完全犯罪を為した男が予測外の側面から転落していくさまをドライなタッチで表現している。経営者である主人公の男は同じビルに事務所を構える金貸し屋を殺し、返すあての無い借金の証拠を消し去る。だが、完璧なアリバイ工作を施した殺人計画は、時を同じくして動き出した見知らぬ若者らによって打ち砕かれ破綻していく。物語は、序盤と終盤でしか交差しない二つのエピソードを並行して描くのだが、最期まで互いを知らないままに両者とも同等の地獄へと墜ちていくというアイロニカルな結末によって、ありふれた勧善懲悪に終わらないフランス・ミステリの独創性を強烈に印象付ける。
余談だが、罪を犯すもう一人の人物が「実存主義者」と称されているのだが、ジャン=ポール・サルトルが提唱した実存主義とは全く相容れないものであることを付け加えておきたい。

評価 ★★★

 

死刑台のエレベーター【新版】 (創元推理文庫)

死刑台のエレベーター【新版】 (創元推理文庫)

 

 

「窓際のスパイ」ミック・ヘロン

落ちこぼれの個人やグループが千載一遇のチャンスを機に奮闘、大逆転劇を演じて栄光を勝ち取るという設定は、娯楽映画/小説では常套のため、よほどの新機軸を盛り込まないと「またか」という印象になりかねない。本作は〝泥沼の家〟と揶揄されている英国諜報機関の吹きだまりでくすぶるスパイらの物語。スパイスにユーモアを振りかけることで、ひと味違う仕上がりにはしているが、手掛ける事件そのものが組織内部の汚職という地味なもので、展開も抱腹絶倒とはいかないところが物足りない。主人公の薄い存在感と、アクの強いメンバーの描き分けが中途半端で、多数登場する割りには、個性が際立っていない。
ただ、誰にも増して冴えないリーダー格の男が、ここぞという時に男気を発揮するという展開はベタではあるが巧い。落ちぶれた背景がぼかしてあるのは、シリーズを通して明らかにするつもりなのだろう。
上層のエリートらの薄汚れた功名心が組織を危機に陥らせ、それを下層の爪弾き者らが救うというテーマをどこまで掘り下げることができるか。次作に期待だ。

評価 ★★★

 

窓際のスパイ (ハヤカワ文庫NV)

窓際のスパイ (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「カメレオン」ウィリアム・ディール

石油利権を巡る巨大多国籍企業の謀略と、その転覆を謀るために暗躍する正体不明の男〝カメレオン〟の対決を主軸とした1984年発表のスリラー。日本を主な舞台とした異色作であり、トレヴェニアン「シブミ」(1979)の影響が色濃い。ただ、外国人作家が陥りやすい〝誤解/曲解〟が多く、武道や禅の精神性、〝東洋の神秘〟的な風俗の描き方に過剰な面がある。あとに重厚な世界観に圧倒される傑作「27」を上梓するディールだが、本作の構成はやや粗く、中盤までは主要人物を絞り込みにくい。
冒頭では、世界各地で石油関連企業の関係者らが不可解な死を遂げていくのだが、彼らの生い立ちなり取り巻く情況をたっぷりと挿入した上で、突然物語から退場させるため、大方の読者は戸惑うだろう。提供する情報の多くが、後に繋がる伏線とはならないことが構成に乱れを生じさせている。だが、それらの枝葉が不用というのではなく、散りばめられたエピソードこそが面白いのが曲者ディールの特徴なため、厄介だ。しかも、全体の対立構造が明確になるのは終盤近く。それまでは、米国人作家によるエキゾティシズムたっぷりのニッポンで展開する暗殺者らの狂宴を楽しむしかない。

評価 ★★★

 

カメレオン (海外ベストセラー・シリーズ)

カメレオン (海外ベストセラー・シリーズ)

 

 

 

「流刑地サートからの脱出」リチャード・ハーレイ

監獄と化した絶海の孤島を舞台とする異色の冒険小説で1987年発表作。ハーレイの翻訳は、現在のところ本作のみのようだが、筆力があり一気に読ませる秀作だ。

同様の設定で連想させるのは、実話を基にしたクリント・イーストウッド主演の映画「アルカトラズからの脱出」(原作はクラーク・ハワード)だが、島全体が監獄となった「流刑地サート」には、看守などの役人は一人も常駐していない。衛星カメラによる監視システムと海岸周辺に張り巡らされたレーダー探知によって、囚人の行動は終始モニターされ、下手な動きは死に直結した。つまり、脱出は100%有り得なかったのだが、それ以上に大きな障害として立ちはだかるのは島の住民自身だった。極刑同然の島流しを喰らった男らは、更生不能の凶悪犯ばかりであり、限られた物資と食料を巡り、生存のための闘いを日々繰り広げていた。法による秩序は望めず、弱い者は淘汰されていく。送り込まれた囚人の大半が、死刑の方がまだ慈悲深いと思い知るような最期を迎えることとなるのである。

主人公ラウトリッジは、身に覚えのない殺人事件で有罪となり、英国本土で眠らされた状態で流刑地へと移送される。目覚めた先は〝ヴィレッジ〟と呼ばれる砦の中。島の囚人は大きく3集団に分かれて対立していたが、唯一〝ヴィレッジ〟のみが規律ある共同体として、政府が定期的に投下する物資を独占していた。リーダー格として君臨する男〝ファーザー〟の命により、新入りは「砦の外で一定期間生き延びる」ことを仲間に加えるための条件としていた。〝ヴィレッジ〟の外では己の知恵と力のみに頼らねばならない。更に深刻なのは、凶暴な犯罪者らがうろつく無法地帯に放り出されるということだった。ラウトリッジは生きて再び〝ヴィレッジ〟へと戻る覚悟を決めるが、早速新顔に感づいた一味が襲撃を加えてくる。

本作の読みどころは、後半の山場となる脱出劇よりも、生き残りを懸けた中盤までの〝デスマッチ〟にある。不毛の地で餓えを凌ぎつつ、さらに凶暴化した犯罪者らと繰り広げる死闘。一瞬の気の緩み/判断の誤りが死を招くことになるため、逃げ場無きサバイバルは当然のこと凄まじい緊張感を伴う。
平凡な人間に過ぎなかった男が、絶え間ない闘争を通して成長するさまも読みどころの一つだ。男しか登場しないため、アブノーマルな一面も描いてはいるのだが、ハーレイはあくまでも異常な世界での冒険行にウエイトを置いている。

評価 ★★★★

 

流刑地サートからの脱出 (新潮文庫)

流刑地サートからの脱出 (新潮文庫)

 

 

「グリッツ」エルモア・レナード

1985年発表作。エルモア・レナードがミステリ作家としては稀ともいえる脚光を浴びて、一躍著名人となった時期にあたる。当時レナードは本作タイトル「グリッツ(金ぴか)」の通り、昂揚感に満ち、充実した生活を送っていたのだろう。本作も生きの良い会話が主体で、刑事とギャング、小悪党らが俗語を用いて丁々発止の掛け合いをするさまが楽しめる。

主人公はやさぐれた刑事モーラ。けちなチンピラに弾丸をくらい療養の身だったが、その後ろ姿を執拗に追う男がいた。復讐の機会を狙うのは、モーラが刑務所送りにした悪漢テディ。人殺しは朝飯前だが、あまりにも小者であることと、予測不能の行動をとるために、尻尾を掴ませない。一方モーラは、療養先で知り合った娼婦アイリスがカジノ・ホテルのホステスとしてスカウトされたことを知る。どうにも胡散臭さを感じたモーラはホテルのオーナーに接触を図るが、アイリスを引き止めることはかなわなかった。悪い予感が当たり、後日アイリスが不審死を遂げる。モーラは、真相を探るべく、ぎらぎらと妖しい光を放つ街アトランティック・シティへと向かう。

クライムノベルを通してアメリカ社会の一断面を鮮やかに切り取り、所謂〝レナード・タッチ〟と称された作風にも更に磨きが掛けられている。
卑しい街に曲者揃いの登場人物を放り込めば、あとは勝手にストーリーが動き出すといった感じで、緻密な構成よりも場面ごとのムードを重視し、躍動感に満ちた展開で読ませる。スタイル的にはチャンドラーの世界に通じるものなのだが、いわばマーロウなどが象徴する孤高のヒーローが不在の中で、本来なら脇役であるはずの男と女が、堂々と主役を張って「俺たちの物語」を創り上げていくといった印象だ。悪徳がはびこる街で、例え生き方は荒んでいようとも、己の信条までは穢さず、守らねばならない者/コトのために立ち上がる。その精神こそがハードボイルドである、とレナードは告げているかのようだ。

評価 ★★★☆

 

グリッツ (文春文庫)

グリッツ (文春文庫)

 

 

「アイス・ハント」ジェームズ・ロリンズ

現在も精力的に創作活動を続けている精鋭の一人ジェームズ・ロリンズ2003年発表作。SFホラーの要素に冒険小説的な活劇をふんだんに盛り込んだスリラーで、著者の迸るエネルギーに満ち溢れた力作だ。恐らくロリンズは、〝読者をいかに楽しませるか〟というエンターテインメント性について相当探究したのだろう。その筆致は極めて映画的でテンポ重視、存亡の機を前にした者どもの壮絶な戦いを〝けれん味〟たっぷりに描いていく。ただし、閉ざされた空間の中で小集団に分かれた登場人物らを同時発生的に危機が襲い、途切れることなく終盤まで戦闘シーンが続くため、逆に読者自身に体力がないと息切れしかねない。

主な舞台はアラスカから北極までの極寒地。北の果てで浮標する巨大な氷島内に何層にも分かれた円形の構築物が発見された。米国は観測/研究のために科学者、軍人らの合同チームを派遣、探索を行うが、旧ソ連が極秘裏に建造した基地に生存者は無く、無惨な状態で放置された死体のみが転がっていた。長期滞在を想定した施設内には様々な実験装置、武器弾薬庫などがあり、最下層には遺棄された潜水艦。さらに、中層から氷山内部へと続く地下道先の氷洞には、凍結した古代の生物が奇怪な姿をさらしていた。一方、同施設の成り立ちから関わっていたロシアの海軍提督が、米国の動きを察知し、既に破綻していた謀略のケリをつけるべく基地奪還に向けて独自に動き出していた。

物語は、功を焦る科学者の手によって長い眠りから目覚めた太古の怪物が人間を襲い始めるくだりから一気に狂乱の世界へと突入し、人類対モンスター、アメリカ対ロシアを主軸に激闘を繰り広げていく。現代兵器のみならず、旧式の武器を手に延々と続く白兵戦。極地での不可解な謎に始まり、超大国の陰謀を絡めて一気にカタストロフィーにまでなだれ込んでいく構成は、大風呂敷を広げながらも力業で読ませる。
中盤からは山場の連続で、絶体絶命のピンチを切り抜けた先に更なる難関が待ち受ける。場面展開が早く、数多の登場人物の行動を同時進行で描くため、下手な作家ならばカオス的な状況に落ちるところをロリンズはその一歩手前で巧くまとめ上げている。また、やや類型的ではあるが、それぞれの過去/現在のエピソードを挿入し、混乱することなく人物を描き分けていることも特筆すべき点だ。とにかく、ロリンズの底知れぬパワーには圧倒された。

評価 ★★★★

 

アイス・ハント (上) (扶桑社ミステリー)

アイス・ハント (上) (扶桑社ミステリー)

 

 

 

アイス・ハント (下) (扶桑社ミステリー)

アイス・ハント (下) (扶桑社ミステリー)

 

 

「沈黙の犬たち」ジョン・ガードナー

1982年発表の英国海外情報局員ハービー・クルーガーシリーズ第3弾。クルーガーが築いた東ドイツ諜報網を壊滅させたソ連の宿敵ヴァスコフスキーとの最終的な闘いの顛末を描く。「ベルリン 二つの貌」から繋がるストーリーのため、まず同作を読んでおくことは必須。「…貌」でのボルテージの高さは圧巻だったが、本作ではさらなる盛り上がりを見せる。実力派ガードナーの力量に圧倒される傑作であり、骨太なスパイ小説の醍醐味を存分に味わうことができる。

ソ連諜報機関の最高位で暗躍する英国の長期潜入工作員〝ステントール〟は、己の正体が暴かれつつあることを知り、SOSを発信する。ソ連内部に潜む裏切り者を突き止める任に就いたのは、先の闘いで英国SISに完膚無きまでの打撃を加えたKGB少将ヴァスコフスキーだった。冷徹な智将は、内部に眠る「犬」を炙り出すための計略を実行に移すが、その好餌として選んだのは「…貌」ケースで失墜させたクルーガーに他ならなかった。クルーガーを東側への逃亡を図っている「売国奴」として匂わせ、その接触/過程を通して〝モグラ〟を炙り出す。一方、孤立無援の情況下でヴァスコフスキーへの復讐に燃えるクルーガーは、〝ステントール〟救出作戦とともに仇敵の策略を逆手に取る秘策に着手。かくて機は熟し、双方は凄まじい頭脳戦を展開していく。

本作で特に印象に残るのは、身動きの取れない〝ビッグ・ハービー〟に代わり急遽スカウトされた若き工作員ゴールドのエピソードだ。ソ連に潜入し、〝ステントール〟脱出の手筈を整えるのだが、結局は使い捨ての駒として悲痛な最期を迎える。対立する国家・イデオロギーが闘争を繰り広げるその末端で非情な諜報戦の犠牲となっていく者どもを省くことなくドライに描き切ることは、秀れたスパイ小説のパラダイムでもある。また、熟年クルーガーと女スパイの恋愛模様も挿入するなど、本筋にきっちりと絡む枝葉から、物語は一層の深みを増し、淀むことなく終章へと流れていく。

二重三重に練り込んだ緻密な構成の中で展開する緊張感溢れる腹の探り合い、一気に変転するスピード感に満ちた攻防戦、重厚で哀切な人間ドラマ、怒濤のクライマックスへと向かう疾走感……裏切りの美学ともいうべき高密度エスピオナージュの最高峰として、クルーガーシリーズは改めて評価されるべきだろう。

残念ながらガードナーは既に逝去しているが、ずば抜けたストーリーテリングの才は、巨匠ジョン・ル・カレをも凌駕する。現代スパイ小説は長らくル・カレの牙城で、その他の優れた作家がなかなか脚光を浴びないことに歯痒い思いがあったのだが、特にクルーガー・シリーズにおけるエンターテインメント小説としての完成度/熟成度は、難解且つ冗長なだけの「スマイリー三部作」を超えている。

評価 ★★★★★

 

沈黙の犬たち (創元推理文庫 (204‐3))

沈黙の犬たち (創元推理文庫 (204‐3))

 

 

「ココ」ピーター・ストラウブ

長大なボリュームのサイコ・スリラーで、文学志向の強いストラウブの濃密な筆致のせいもあり、読み終えるのに時間を要した。ベトナム戦争従軍によって重度の神経症を負った者が臨界点に達して殺人者と化す。新鮮味の無い設定だが、どう物語を膨らませ、捻りを加えて展開させるか、作家の腕の見せ所といえる。

本作に登場する主要な帰還兵らは須く心的外傷を抱えており、戦場の血を浴び錆びついた鎖で互いに繋がれている。社会復帰を果たし、それぞれが人生のやり直しを始めても、再び〝戦友〟が集えば極めて特殊な軍人の戒律/指揮系統によって縛られていく。彼らにとっては、その呪縛こそ鬱屈した慰撫へと導くものであり、ベトナム戦争の記憶は日常の倦怠を解き放つ麻薬の如き常習性を伴って脳内にとどまり続け、過去と現在/異常と正常の境界を容易に乗り越えていく。

ワシントンの戦没者慰霊碑完成を機に再会した4人の男は、アジアで起こった連続殺人事件を語り合う。見出だしたのは「ココ」という血塗られた符牒。その名は、或る村での虐殺の悪夢に直結していた。戦場のただ中に出現し、再び甦ったサイコ・キラー。「ココ」は、ソンミ事件を想起させる無差別殺戮の真相を告白するという餌で、かつて現地へと赴いていたジャーナリストらを個々に誘い出し、残虐な殺し方を用いて口を封じていた。「ココ」の正体は、現在小説家として名を馳せていた〝戦友〟の一人であると確信した帰還兵らは殺人者が潜伏する地へと飛んで炙り出すことを画策する。真犯人を突き止めて世間を驚嘆させ、あわよくばカネを生む一大イベントへと変転できるからだ。だが、その深層には暴力への歪んだ崇拝が流れており、その狂気の度合いは「ココ」に引けを取るものではなかった。

 物語は「ココ」という存在が決して異質な化け物ではなく、狩る者と狩られる者、両者の首はいつでも挿げ替え可能であったことを、それぞれの過去と現在のエピソードを積み上げて指し示していく。「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化す」(ニーチェ)ことへのイロニーとして、そもそも怪物を〝創造〟したのは身勝手な征伐を加える側であることも描き出している。相手を〝獲物〟として互いに狩り合う構造は、戦争によって崩壊する精神の脆弱性と「殺す」ことでしか得られないカタルシスの無常観に満ちている。

評価 ★★★

 

ココ (上) (角川ホラー文庫)

ココ (上) (角川ホラー文庫)

 

 

 

ココ (下) (角川ホラー文庫)

ココ (下) (角川ホラー文庫)

 

 

「シンガポール脱出」アリステア・マクリーン

戦争小説の名作として今も読み継がれている「女王陛下のユリシーズ号」(1955年)でデビューを果たしたマクリーン1958年上梓の長編第三作。現代に通じる戦争/冒険小説の骨格を創り上げた初期の作品は、まさに神憑っているとしか例えようがない。映画化された「ナヴァロンの要塞」を機に金銭的に潤ったマクリーンが次第に精彩を失ったという定番化された冷評もあるが、真に「傑作」の名に相応しい雄編を数え上げれば、質・量共に他の作家を凌駕していることは明らかだろう。
海に滅びゆく者たちの一大叙情詩「ユリシーズ」、エンターテインメントとしての冒険小説を徹底的に突き詰めた「ナヴァロン」。さらに極寒のハンガリーを舞台に激烈な諜報戦を描いた「最後の国境線」(1959年)などは、実際にページを捲る指先が凍傷にかかったような感覚に陥ったほどで、極限状態であればあるほどに冴え渡るその圧倒的な筆力は、やはり天性の才能だと認めざるを得ない。

本作は、虚妄に過ぎない「大東亜共栄圏」の旗印のもと、東南アジア諸国へ侵攻した「大日本帝国」を敵役とし、実際に英国海軍従軍中に捕虜となったマクリーンの苦い経験が活かされている。陥落寸前のシンガポールで退路を絶たれた民間人や英国軍人らは、密航船で辛くも脱出するが、座礁して沈没。付近を航行中だった英国籍大型タンカーが生存者を救出したものの、敵の戦闘機の攻撃を受け、救命ボートで洋上を漂うこととなる。だが、不可解なことに日本軍は止めを刺さない。遭難者の中に潜り込んだ敵側スパイ。狙うのは、正体を隠して乗船中の英国将軍の極秘文書。密命を帯びた者とは誰か。灼熱の地獄の中での決死のサバイバルが展開していく。

マクリーンが好んで描くのは、どんな状況であろうと屈せず闘うプロフェッショナルの姿だ。本作の主人公/一等航海士ニコルソンは、常に先頭に立ち、身を挺して危機を乗り越える誇り高く、ストイックな男である。ヒーローとしては申し分のない理想像なのだが、マクリーンは臆することなくストレートに活躍させるため、決して嫌味にはならない。現代の冒険小説では、精神的弱さやハンディキャップの克服も大きなテーマとしているが、決して弱音を吐かず、強靱な精神力/経験を培った男が数多の試練に立ち向かうシャープな冒険行が、雑じり気のない感動を呼び起こすのは、まだ「騎士道精神」的な美学が冒険小説の根底に流れていたからだろう。ラストシーンのぶつ切り感も、硬派なマクリーンの世界を象徴する終幕といえる。

評価 ★★★

 

 

「死の蔵書」ジョン・ダニング

長らく休筆していたダニングが、自らの経験を基に古書の世界を題材として執筆し話題となったベストセラー。元殺人課刑事で現在は古書店主という異色の経歴を持つクリフ・ジェーンウェイの活躍を描き、以降シリーズ化している。

本作には「すべての本好きに捧げる」という売り文句が付いていた。果たして本作のモチーフとなる著名な作家の初版や歴史的な稀覯本が、巷の読書愛好家にとって興味深い対象かというと疑問が残る。メインプロットに絡まない枝葉で、登場人物らが古書に纏わるうんちくを語り、売買のやりとりを繰り広げていくのだが、その分贅肉が付き過ぎてスマートさに欠ける。読み終えて印象に残るのはそれらの裏話のみであり、本筋がかすんでしまっていると感じた。
例えチャンドラー「湖中の女」初版本にどんな高値が付こうと作品の出来とは当然のことイコールではなく、所詮は蒐集家向けのコレクターズアイテムに過ぎない。表紙カバーが破れた百円の古本であろうとも、読者の人生に限りない影響を与える作品に出会えることもままある訳で、稀少なモノを所有することに至上の喜びを覚えるマニアとは次元が異なる。値が張る本は秀れているという誤解を生じさせるような収集家や商売人らの嗜好は気持ちの良いものではなく、それは著者の投影でもある主人公にしても然りである。古書業界に限らず数多のコレクター相手の商売で共通する生態とはいえ、どうしても反発したくなるのは、本に対する愛情の基点が違う貧乏読書家の穿った見方故かもしれない。流通する商品としての価値に重きを置く蔵書家は「本好き」には含まれるのであろうが、創作そのものを純粋に楽しむ「読書好き」とは似て非なるものだ。

肝心のプロットは、古書店街界隈で〝掘り出し屋(値打ち本を発掘する転売屋)〟が殺された事件を発端とし、或る収集家が遺した稀覯本を巡る闇取引を背景に置く。だが、手掛かりを追うことなく主人公は未解決のまま刑事をあっさりと辞め、自らの夢であった古書店開業に打ち込んでいく。開店も束の間、クリフは身の回りで起こる不審な動きを察知しつつも情事に耽り、その不在時に店のスタッフらが虐殺される。主人公はようやく連続殺人の解明に本腰を入れるのだが、その行動には独り善がりな面があり、キレがない。本作をハードボイルドと評する向きもあるようだが、一人称の語り口や暴力シーンが適度に入っていれば一丁上がりではない。定義は人それぞれだろうが、単なる趣味人が自らも被害を被り追い込まれた末にやっと立ち上がる姿に、ハードボイルドの精神など到底感じることなどできない。

長々と批判めいたことを書き連ねたが、本作はミステリとしては標準作であろうし、本が読まれない/売れない時代に、業界に対してある程度の活力/刺激を与えたことは間違いないだろう。しかし、高い世評とのズレを感じざるを得なかったのは、物語の中で言及する作品をただの一冊も読みたいと思えなかったことにある。ダニングは、実在の作家や小説に対する批評を主人公に代弁させているのだが、どの作品にも愛情を感じず、そもそも推薦する意図など端から無いようだ。要は、本の価値を売れるか売れないかで判断する〝商品〟として見ているからだろう。

創作のスタンスもジャンルも異なるが、本に対する深い慈愛に満ちたカルロス・ルイス・サフォンの名作「風の影」の芳醇な世界観に比して、本作はあまりにも無機的過ぎる……と、ミステリとは関係の無いところで駄文を記録しておく。

評価 ★★☆

 

死の蔵書 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の蔵書 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

「誰かが泣いている」デイヴィッド・マーティン

話題となった「嘘、そして沈黙」と同じく何とも形容し難いミステリなのだが、一気に読ませる力量は大したものだ。破綻すれすれのプロットを強引な筋運びで繕っているのだが、もとより緻密なサイコ・スリラー作品が珍しいぐらいなので、標準的な出来かも知れない。
ニュースキャスターのライアンは、ピューリッツアー賞も受賞したベテランだったが、放送中に涙を抑えきれなくなる失態を犯し、プロ失格の烙印を押されて職を辞する。読み上げた原稿は幼児虐待に関するものだったが、慟哭する理由には思い至らない。直後、怪しい女がライアンに接触を図り、不可解なメッセージを手渡す。或る町で赤ん坊が殺され続けており、その事実を突き止めてほしいというものだった。女は眼前で自殺、異常な事態に戸惑うライアンだったが、このスクープは表舞台に返り咲くチャンスと捉え、事件を追う決意を固める。

主要な登場人物にまともな者がいない。盲目でありながら狡猾に殺人を続けていく小児科医キンデルの「怪物性」は設定としては常套だが、それよりも主人公の脆弱ぶりが際立っている。社会的正義よりも己の虚栄心を優先させる男で、高潔なジャーナリスト精神は些少。要はその俗物的な〝ヒーロー像〟がアイロニカルに描かれている訳だが、魅力に乏しいことは否めない。結果的に流されるように殺人者と対決するが、最後まで振り回され放しで、どうにも頼りない。物語をストレートに展開させない曲者マーティンの創作スタイルが良くも悪くも表れているようだ。

評価 ★★★

 

誰かが泣いている (扶桑社ミステリー)

誰かが泣いている (扶桑社ミステリー)

 

 

「喪服のランデヴー」コーネル・ウールリッチ

翻訳を通しても、都会的で洗練された文体の強度を失わない稀有な作家の一人、ウールリッチ/アイリッシュ。1948年発表、ブラックシリーズの代表作でもある「喪服のランデヴー」では、その耽美なレトリックがすでに完成しており、序章と終章における溜め息が出るような情操の表現を味わうだけでも読む価値がある。上空を通過した飛行機の乗客が投げ捨てた瓶の直撃を受け、逢瀬の待ち合わせ場所にいた恋人を殺された男。その無残で凍てついた心象風景を綴っていくプロローグは、ウールリッチならではの世界観を形作っている。

本作は凄まじい怒りによって復讐の鬼と化し、狂気の淵へと墜ちた若者ジョニー・マーが、真犯人を特定できないままに対象となる5人の男を探り出し、躊躇うことなく地獄の底へと突き落としていく物語だ。脈略無き不可解な連続殺人を嗅覚鋭く追う刑事も登場させるが、メインで描くのは、緻密な計算のもとに遺恨を晴らすジョニーが対象5人に加えていく報復の顛末である。推定する加害者を単に殺すのではなく、ジョニー自身が味わった悲劇と同様の苦悩へと陥らせる。その非道/冷酷ぶりは極まっており、罪のない人々までも犠牲にしていく若者には、いつしか同情よりも畏怖感の方が強まっていく。
捻りを施した構成の妙とサスペンスフルな展開で読ませる秀作であり、ウールリッチの魅力が溢れている。ノワールの先駆であり、ラストシーンにおいて自らも暗黒へと堕ちていくジョニーの絶叫がいつまでも耳に残る。

評価 ★★★★

 

喪服のランデヴー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

喪服のランデヴー (ハヤカワ・ミステリ文庫)