海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「砕かれた夜」フィリップ・カー

私立探偵ベルンハルト・グンターを主人公とする1990年発表の第2弾。権力を掌握したナチス・ドイツが侵略戦争に邁進した時代、その真っ只中のベルリンを舞台とするハードボイルド小説史上、極めて異色のシリーズだ。緊迫した情況をリアリティ豊かに組み込ん…

「殺人保険」ジェームズ・ケイン

ケインは自作について「共通するのは、欲望を満足させる〈愛の棚〉に身をのせた愛人たちのラヴ・ストーリーだ」と述べたという。甘美な表現に過ぎるようにも思えるのだが、恐らくレッテル付けを嫌ったケインならではの受け流し/はぐらかしなのだろう。1943…

「コパーヘッド」ウィリアム ・カッツ

唖然とした。あまりにも冷酷無比な結末に衝撃を受けたのだが、これほど後味の悪い読後感を残すストーリーは稀だろう。荒唐無稽な娯楽小説と割り切ってもなお、社会的倫理を唾棄し、タブーであるはずの境界を躊躇なく踏み越えるカッツという作家の得体のしれ…

「デセプション・ポイント」ダン・ブラウン

「ダ・ヴィンチ・コード」の爆発的ベストセラーにより、ミステリ/謎解きの魅力を、あらためて世に知らしめたダン・ブラウンの功績は大きい。エンターテインメント小説に何が求められているかを突き詰め、刺激的で魅惑的なアイデアを盛り込み、ロマンに満ち…

「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ

1898年発表作で英国正調幽霊綺譚の古典とされている。舞台は、ロンドンから離れた片田舎にある古い屋敷ブライ邸。両親を亡くした幼い兄妹の新しい家庭教師として、語り手の女が赴任する。依頼者は二人の子の伯父だったが、不可解にも甥マイルズと姪フローラ…

「赤いパイプライン」エドワード・トーポリ

1988年発表作で、原題は「RED SNOW」。アンドロポフ政権時の旧ソ連が国家の威信を懸けたプロジェクト「シベリア=西ヨーロッパ・パイプライン」にまつわる秘史を題材とする。主な舞台となるのは、西シベリア・チュメニ州のヤマル・ネネツ民族管区。北極圈上…

「記憶なき殺人」ロバート・クラーク

米国ミネソタ州セントポール市を舞台とする1998年発表作。カメラが趣味の冴えない会社員ハーバート・ホワイトは、以前からモデルや女優を夢見るダンサーの宣材写真を無償で提供していた。女たちには、凡庸で無垢な人畜無害の男として受け止められていたが、…

「ザ・ボーダー」ドン・ウィンズロウ

麻薬戦争の実態を抉り出し、巨大カルテルに立ち向かう男の熾烈な闘いを熱い筆致で活写/記録した現代の犯罪小説/ノワールの極北「犬の力」(2005)、「ザ・カルテル」(2015)。この続編が発表されたと知った時は、かなり驚いた。凄まじいカタルシスを得て物語…

「クラッシャーズ」デイナ・ヘインズ

ジェット旅客機墜落の真相を探るチームの活躍を、読み手の度肝を抜く壮大なスケールで描いた2010年発表作。謎解きと活劇の要素を巧みに織り交ぜ、劇的な場景を随所に盛り込み、全編ハイテンションで展開。筆致は極めて映像的で、ハリウッド映画張りの娯楽大…

「暗い森の少女」ジョン・ソール

モダンホラーの〝古典〟として評価を得ている1977年発表作。100年前、断崖に面した森の中で、実の父親に陵辱されて死んだ少女の怨念が、のちの世に新たな惨劇をもたらす。その犠牲となるのが、親の世代では無く〝同世代〟の無垢な子どもたちという設定が肝だ…

「偶然の犯罪」ジョン・ハットン

1983年発表、英国CWAゴールド・ダガー受賞作。米国MWAもそうだが、1年間に出版された膨大な作品の中から、何を基準にベストを選出したのか首を傾げる場合も多い。日本の雑多なランキングも、信頼度では言うに及ばずなのだが。 主人公は、師範学校の中…

千切れたノート

新しいノートを何気なく手に取った。 パラパラとページをめくりさて何を書こうかと思案していた時、私はあることに気づいた。 ちょうどノートの中ほどに一枚分が破かれた跡を見つけた。 勢いよく引き千切った様子を物語るギザギザのまま残った切れはし。 い…

「最終兵器V-3を追え」イブ・メルキオー

まずは、長い前置きから。近現代史を背景とするスパイ/冒険小説で、最も登板数の多い〝敵/悪役〟は、言うまでもなくナチス・ドイツだろう。総統ヒトラーを軸に集結した多種多様で強烈な個性を持つ側近や軍人、科学技術を駆使した軍事兵器の〝先進性〟、排…

「極大射程」スティーヴン・ハンター

1993年発表、ハンターを一躍メジャーな作家に押し上げたボブ・リー・スワガーシリーズ第1弾。銃器への偏愛が全編にわたり横溢し、かの大藪春彦を彷彿とさせるほど。マニアックなディテールは、時に筋の流れを堰き止めかねない分量に及ぶ。だが、勢いのまま…

「装飾庭園殺人事件」ジェフ・ニコルスン

1989年発表のメタ・ミステリ。いわゆるポスト・モダン的な文学志向の強い作品に位置付けられており、ミステリとしての水準は端から期待できない。 メディアでも活躍していた中年の造園家ウィズデンがホテルの一室で自殺した。妻のリビーは頑なに他殺を主張。…

「マンハッタンは闇に震える」トマス・チャステイン

チャステイン熟練の技巧が冴える傑作。ニューヨーク市警16分署次席警視マックス・カウフマンを主人公とした第3弾。本シリーズの魅力は、超過密都市でしか起こり得ない大掛かりな犯罪の独創的着想、警察組織の機動力をフルに生かしたダイナミックな捜査活動…

「ウィンブルドン」ラッセル・ブラッドン

1977年発表、プロスポーツを題材としたサスペンス小説の名編。テニスの国際大会「ウィンブルドン」を舞台に犯罪の顚末を描くのだが、本作がメインに据えているのは、若き天才テニス・プレイヤー二人が切磋琢磨し、頂点へと上り詰めていく過程だ。豪快且つ正…

「第五の騎手」ドミニク・ラピエール/ラリー・コリンズ

物語序盤、ニューヨーク市内に核爆弾を仕掛けた男が、米国大統領に向かって言う。「日本の民間住民の上にこの種の爆弾を投下したとき、あなた方自身が行ったのと同じ行為なのだ。あのときのあなた方の慈悲や憐れみの心はどこにあったのかね? 相手が白い肌を…

「キャリー」スティーヴン・キング

1974年発表、キングの実質的デビュー作。自身の創作術を述べた「書くことについて」(2000年)の中で、「キャリー」以前にバックマン名義の長編を上梓していたことを明かしているが、本作から〝モダンホラーの帝王〟の快進撃が始まったことは間違いない。売…

「ウインターホーク」クレイグ・トーマス

アメリカ空軍少佐ミッチェル・ガントを主人公とする1987年発表作。トーマスの出世作にして代表作「ファイアフォックス/ダウン」では、ソ連に潜入し最新鋭戦闘機を盗み出すミッションを遂行している。 大幅な軍縮条約調印を目前に控えた米ソは、両国スペース…

「フィッツジェラルドをめざした男」デイヴィッド・ハンドラー

ゴーストライターのスチュワート・ホーグシリーズ、1991年発表の第3弾。今回の依頼は、フィッツジェラルドの再来と謳われた新進気鋭の小説家キャメロン・ノイアスの回想録。大学時代に執筆した処女作が大きな反響を呼び、華々しいデビューを果たすものの、…

「ひとたび人を殺さば」ルース・レンデル

1972年発表、レジ・ウェクスフォード警部シリーズの一作。本作が日本初紹介となり、そのあと飜訳された心理サスペンス「ロウフィールド館の惨劇」(1977)で、人気に火が付いた。一時期のレンデル・ブームは凄まじく、新たな女流推理作家の登場に、ミステリ…

「ベルリン空輸回廊」ハモンド・イネス

1951年発表、冒険小説界の雄イネスの力作。巨匠として安定した評価を得ている作家だが、代表作が定まらない〝不遇〟さもあって、比較的地味な存在に甘んじている。本作も知名度は低いものの、プロットが意外性に満ちており、中盤までは抜群に面白い。残念な…

「ただでは乗れない」ラリー・バインハート

1986年発表、ニューヨークの私立探偵トニイ・カッセーラシリーズ第1弾。イタリア系の元警官で、ジャンキーだった過去を持つ。企業買収によって成り上がった男の顧問弁護士殺害の真相を追うというストーリーだが、構成がすっきりとせず、数多い登場人物も整…

「冷血の彼方」マイケル ・ジェネリン

2008年発表作。スロヴァキアの女性警察官ヤナ・マティヴァノの活躍を描く。作者は米国人。興味深い舞台設定だが、近年稀に見る〝衝撃的〟作品で、どう伝えるべきか迷う。つまり、読み終えても、どんな粗筋なのか、説明することができない。ネタバレを避けて…

「駆逐艦キーリング」セシル・スコット・フォレスター

読み終えて、ようやく気付いた。孤独な中年男の滲み出るような〝悲哀〟を描くことこそが、本作のテーマだったのだと。ホーンブロワーシリーズで著名なフォレスター1955年発表作。極めてストレートな海洋戦争小説だが、極めて異色の教養小説でもある。1941年…

「黒衣の女」スーザン・ヒル

たいした心境の変化など無いのだが、最近はホラー/幻想小説に以前よりも手を伸ばすようになった。他のカテゴリに比べてさほど読んでこなかったこともあるが、ラヴクラフトの箴言「最も起源が古く、 最も強烈な感情である恐怖」を主題とする小説の真髄に、あ…

「ライブラリー・ファイル」スタン・リー

1985年発表、東西冷戦末期に誕生した〝究極〟のスパイ/国際謀略小説。中盤まではスローペースだが、後半から一気にボルテージを上げ、終幕まで疾走する。 東西ドイツを隔てる国境線近くに集結していたソ連の最新鋭戦車。その不穏な動きを、米国政府が新設し…

「六人目の少女」ドナート・カッリージ

イタリア発、2009年発表作。二重三重の捻りを効かせたサイコ・サスペンスで、世評は概ね高いが、どうにもすっきりとしない読後感だった。 未解決のまま時が流れていた某国W市の連続少女誘拐事件。その生死さえ不明だったが、山中から切断された六人の左腕が…

「アムトラック66列車強奪」クリストファー・ハイド

1985年発表、ハイド渾身の快作。北米回廊線の列車から現金強奪を目論んだ新米の犯罪者グループが、よりによって同じ目的で乗り込んだテロリスト集団と鉢合わせする。このアイデアだけで〝買い〟である。しかも、冒険小説の傑作「大洞窟」の作者だ。面白くな…