海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2017-01-01から1年間の記事一覧

「ジェゼベルの死」クリスチアナ・ブランド

1948年発表、ミステリ黄金期の傑作として評価されているブランドの代表作。終盤に至り、何度も〝事の真相〟をひっくり返して読者を撹乱する「本格物」ならではの〝遊び〟が大いに受けたのだろう。確かに、畳み掛けるような謎解きのスリルは味わえるものの、…

「コンドルの六日間」ジェイムズ・グレイディ

CIA内幕を題材とするシリアスなスパイ映画として評価の高いロバート・レッドフォード主演「コンドル」の原作で1974年発表。主人公の名をはじめ、中盤以降の展開や最終的に暴かれる真相が異なるのだが、末端の諜報員が巻き込まれる謀略の顛末をドライに描き出…

「エヴァ・ライカーの記憶」ドナルド・A・スタンウッド

1912年処女航海の途上で沈没した豪華客船「タイタニック号」を題材に、半世紀にわたる連続殺人事件の謎を解き明かす壮大なミステリ。練り上げられた緻密なプロット、巧みな人物造形、臨場感溢れる情景描写など、重厚な読み応えに唸る傑作だ。 1941年、ハワイ…

「死刑台のエレベーター」ノエル・カレフ

ノエル・カレフ1956年発表の小説で、翌年撮影されたルイ・マル監督の映画化によって、世界的な知名度を誇るミステリ。身も蓋もない話だが、個人的には両作含めて「死刑台のエレベーター」に関しては、映画音楽としては革新的ともいえる即興演奏によって、作…

「窓際のスパイ」ミック・ヘロン

落ちこぼれの個人やグループが千載一遇のチャンスを機に奮闘、大逆転劇を演じて栄光を勝ち取るという設定は、娯楽映画/小説では常套のため、よほどの新機軸を盛り込まないと「またか」という印象になりかねない。本作は〝泥沼の家〟と揶揄されている英国諜…

「カメレオン」ウィリアム・ディール

石油利権を巡る巨大多国籍企業の謀略と、その転覆を謀るために暗躍する正体不明の男〝カメレオン〟の対決を主軸とした1984年発表のスリラー。日本を主な舞台とした異色作であり、トレヴェニアン「シブミ」(1979)の影響が色濃い。ただ、外国人作家が陥りや…

「流刑地サートからの脱出」リチャード・ハーレイ

監獄と化した絶海の孤島を舞台とする異色の冒険小説で1987年発表作。ハーレイの翻訳は、現在のところ本作のみのようだが、筆力があり一気に読ませる秀作だ。 同様の設定で連想させるのは、実話を基にしたクリント・イーストウッド主演の映画「アルカトラズか…

「グリッツ」エルモア・レナード

1985年発表作。エルモア・レナードがミステリ作家としては稀ともいえる脚光を浴びて、一躍著名人となった時期にあたる。当時レナードは本作タイトル「グリッツ(金ぴか)」の通り、昂揚感に満ち、充実した生活を送っていたのだろう。本作も生きの良い会話が…

「アイス・ハント」ジェームズ・ロリンズ

現在も精力的に創作活動を続けている精鋭の一人ジェームズ・ロリンズ2003年発表作。SFホラーの要素に冒険小説的な活劇をふんだんに盛り込んだスリラーで、著者の迸るエネルギーに満ち溢れた力作だ。恐らくロリンズは、〝読者をいかに楽しませるか〟という…

「沈黙の犬たち」ジョン・ガードナー

1982年発表の英国海外情報局員ハービー・クルーガーシリーズ第3弾。クルーガーが築いた東ドイツ諜報網を壊滅させたソ連の宿敵ヴァスコフスキーとの最終的な闘いの顛末を描く。「ベルリン 二つの貌」から繋がるストーリーのため、まず同作を読んでおくことは…

「ココ」ピーター・ストラウブ

長大なボリュームのサイコ・スリラーで、文学志向の強いストラウブの濃密な筆致のせいもあり、読み終えるのに時間を要した。ベトナム戦争従軍によって重度の神経症を負った者が臨界点に達して殺人者と化す。新鮮味の無い設定だが、どう物語を膨らませ、捻り…

「シンガポール脱出」アリステア・マクリーン

戦争小説の名作として今も読み継がれている「女王陛下のユリシーズ号」(1955年)でデビューを果たしたマクリーン1958年上梓の長編第三作。現代に通じる戦争/冒険小説の骨格を創り上げた初期の作品は、まさに神憑っているとしか例えようがない。映画化され…

「死の蔵書」ジョン・ダニング

長らく休筆していたダニングが、自らの経験を基に古書の世界を題材として執筆し話題となったベストセラー。元殺人課刑事で現在は古書店主という異色の経歴を持つクリフ・ジェーンウェイの活躍を描き、以降シリーズ化している。 本作には「すべての本好きに捧…

「誰かが泣いている」デイヴィッド・マーティン

話題となった「嘘、そして沈黙」と同じく何とも形容し難いミステリなのだが、一気に読ませる力量は大したものだ。破綻すれすれのプロットを強引な筋運びで繕っているのだが、もとより緻密なサイコ・スリラー作品が珍しいぐらいなので、標準的な出来かも知れ…

「喪服のランデヴー」コーネル・ウールリッチ

翻訳を通しても、都会的で洗練された文体の強度を失わない稀有な作家の一人、ウールリッチ/アイリッシュ。1948年発表、ブラックシリーズの代表作でもある「喪服のランデヴー」では、その耽美なレトリックがすでに完成しており、序章と終章における溜め息が…

「リプレイ」ケン・グリムウッド

人生を再びやり直せたなら。このテーマに数多の作家が挑み、これまで様々な趣向を凝らした作品が創り出されてきた。ただ、その大半はファンタジー色の強いノスタルジックな物語であろうし、「感動のドラマ」を構築するための設定としては使い古された感もあ…

「真鍮の虹」マイクル・コリンズ

1969年発表、ダン・フォーチューンシリーズ第2弾。凍てついた冬のマンハッタン。降りしきる雪の中を、孤独の翳を引きずりつつ片腕の私立探偵が歩む。冴えない博打打ちの旧友を救うための、見返りなき調査。人を殺してまで金を盗む度胸がない男であることを…

「高く危険な道」ジョン・クリアリー

1977年発表。第一次大戦終結直後の混乱期を背景に、ロマン溢れる冒険行を活写したジョン・クリアリー渾身の冒険小説。 本筋は至ってシンプルで、革命前夜の中国(翻訳では「支那」と表記されるが、現代では蔑称に近い)で武力闘争を繰り広げていた一将軍に身…

「夜を深く葬れ」ウィリアム・マッキルヴァニー

マッキルヴァニー1977発表作。骨格は警察小説だが、単にミステリとして読むだけでは、滋味深い本作の魅力を半分も味わうことはできない。舞台はスコットランド最大の都市グラスゴー。夜の公園で発生した少女殺害事件を発端に、機動捜査班警部ジャック・レイ…

「パードレはそこにいる」サンドローネ・ネダツィエーリ

2014年発表、希少なイタリア・ミステリの翻訳だが、異国情緒的な味わいはなく、新たな支流ともなっているダークな犯罪小説の色合いが濃い。プロットや人物設定も凡そ時流に倣っており、新鮮味はさほどない。トラウマを抱えた主人公、場面転換の早いテンポ重…

「シカゴ探偵物語」マックス・アラン・コリンズ

長くて退屈という印象しかない。文章がさっぱり頭に入ってこない理由は、翻訳のためかもしれないと中途で気付く。映画作品のノベライズがより多く翻訳されているコリンズだが、本作を読む限り、残念ながらオリジナルには精彩がない。舞台は禁酒法時代のシカ…

「迷宮のチェスゲーム」アントニイ・プライス

1970年度CWAシルバー・ダガー受賞の「凡作」である。MWAも同様だが、賞に値すること自体が「謎」の作品は珍しくはない。諸種の文学賞と同じく、作品の出来よりも「業界」での影響力や貢献度、大衆的な認知度や発表時の社会的流行などを考慮したような受賞作…

「ラスト・コヨーテ」マイクル・コナリー

ターニングポイントとなるハリー・ボッシュシリーズ第4弾。主人公はハリウッド署殺人課に所属する一刑事に過ぎないが、コナリーは群れること嫌う「一匹狼」的な存在として描いてきた。本作は、第1作から伏線としてあったボッシュの母親の死の真相を追い求め…

「混戦」ディック・フランシス

1970年発表の競馬シリーズ第9弾。フランシスの作品は骨格がほぼ共通しているため、肉付けするプロットの出来如何で面白さが大きく異なる。本作を一言で述べれば「薄い」。雇われパイロットを主人公に保険金詐欺の絡む事件をメインにしているのだが、終盤へと…

「デッド・ゾーン」スティーヴン・キング

キング1979年発表の初期作品。ホラーのテイストは薄く、特殊能力を持つが故に苦悩する孤独な男の半生をヒューマンタッチで描く。主要な登場人物の日常を細かく積み上げていく手法は相変わらずだが、本作ではややテンポを損ねているきらいもある。主人公が〝…

「デス・コレクターズ」ジャック・カーリイ

モビール市警カーソン・ライダー刑事シリーズ第2弾。デビュー作「百番目の男」での〝変態的〟な真相が大いに受けて話題となったが、カーリイの真価が問われた本作も、ミステリファンには概ね好評だったようだ。だが、筋の面白さで読者をぐいぐいと引っ張っ…

「大洞窟」クリストファー・ハイド

淀みなくストレート。冒険小説の神髄をみせる一気読みの傑作。派手な活劇を排し、培われた経験と研ぎ澄まされた直感、結実する智恵の連鎖によって、数多の窮地を脱し、ひたすらに生還を目指す者たちの冒険行を活写する。ハイド1986年発表。今だに冒険小説フ…

「皇帝のかぎ煙草入れ」ジョン・ディクスン・カー

「アリバイ崩し」の傑作として名高い本作だが、精緻なトリックよりも、男女の愛憎や金銭でのいがみ合いなど、人間の泥臭く生々しい修羅場を盛り込んだ〝ドラマ〟仕立てのストーリー自体が面白い。部外者であるはずの探偵自らも邪心を起こし、事件関係者らの…

「モルグの女」ジョナサン・ラティマー

酔いどれ探偵ビル・クレインをはじめ、一癖も二癖もある登場人物たちの破天荒ぶりが楽しい1936年発表作。ハードボイルドの要素は薄く、スラップスティックすれすれの展開だが、不可解な謎の提示などミステリの仕立てはしっかりとしている。テンポの良い会話…

「魚が腐る時」マシュー・ヒールド・クーパー

所謂「ケンブリッジ・ファイブ」を題材にした1983年発表作。 舞台は1951年、ソ連の二重スパイから英国内要職に12人の工作員が潜入していることを掴んだ外務省次官ストラングとSIS長官メンジーズは、公けに暴露されて失墜することを恐れ、或る秘策を練る。同…