海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「スパイは黄昏に帰る」マイケル・ハートランド

1983年発表の処女作。35年以上も前の作品だが、世界情勢が刻々と変化しようとも、時代の断面を鮮やかに切り取る上質なスパイ小説は、決して古びないことを再認識する秀作だ。謀略渦巻く返還前の香港を舞台に、英ソ情報部の熾烈な諜報戦を切れ味鋭く描いてい…

『聖者の沈黙』チャールズ・マッキャリー

チャールズ・マッキャリーが他界(2019年2月26日)した。享年88歳。早川書房「ミステリマガジン」(2019年7月号)に、評論家直井明による丁寧な小伝と未訳を含む解題、短編が掲載されている。日本ではマイナーな存在に甘んじていたが、米国ではスパイ小説界…

「手負いの狩人」ウェンデル・マコール

リドリー・ピアスンが別名義で上梓した1988年発表作で、ジョン・D・マクドナルド/マッギーシリーズへのオマージュを捧げている。テイストはハードボイルド、一人称の文体はシャープだが、やや饒舌な印象。プロットよりも主人公の生き方、人々との関わり方…

「マフィアへの挑戦1/戦士起つ」ドン・ペンドルトン

〝死刑執行人〟を自称する元軍人マック・ボランは、「悪人には死を」という極めて短絡的思考で問答無用の私刑を履行する。法に縛られた社会を唾棄し、己が標榜する独善的正義の旗を高々と掲げた超人ヒーローは、裏を返せば「コミック」にしか成り得ない設定…

「悪魔の参謀」マレー・スミス

実在したコロンビアの麻薬密売組織メデジン・カルテルを題材とした1993年発表作。今現在に通じるアクチュアルなテーマに切り込んだ大作/力作だが、情報を詰め込んだ濃密な文体のため、テンポが鈍く、読了するまでかなりの時間を要した。ただ、終幕は凄い。…

「プロフェッショナル」ウォルター・ウェイジャー

1982年発表作。結論から述べれば、緊張感に乏しい凡庸なスリラーだ。卓越した技倆を持つ殺し屋同士の対決を描くという本筋は、新鮮味はないものの、料理の仕方で幾らでも美味にできる設定。だが、骨格が柔な上に、肉付けした部分がひたすらに薄く、不味い。…

「珍獣遊園地」カール・ハイアセン

1991年発表作。ハイアセンは、常に環境問題を物語の基底とし、米国内での著しい自然破壊の象徴/指標ともいえるフロリダを舞台にしてきた。中でも、実質的なデビュー作となる「殺意のシーズン」は、傲慢な開発者らと闘う男の姿を熱く活写し、哀しくも美しい…

「切断」ジョイス・ポーター

1967年発表、ロンドン警視庁ドーヴァー警部シリーズ第4弾で、ポーターの代表作とされている。ユーモアミステリの一種だが、個人的にはブラックな笑いよりも、トニー・ケンリック張りの陽気なスラップスティックが好みなので、残念ながらクスリともしなかっ…

「フランケンシュタイン」メアリー・シェリー

「フランケンシュタイン(の怪物)」は、吸血鬼、狼男と並ぶ古典的な三大モンスターとして世界中で浸透し、今も〝娯楽の素材〟として流通している訳だが、唯一伝承や宗教的な典拠を持たず、一作家の創作から誕生したという点で、独創性に富み、尚且つ汎用性…

「エスピオナージ」ピエール・ノール

冷戦期の非情な諜報戦を描いた1971年発表作。現題は「十三番目の自殺者」。ソ連高官の亡命をめぐる東西諜報機関の腹の探り合いを主軸に、同時期に続発した西側高級官僚の不可解な死の謎を絡めて、四部構成でじっくりと緊張感を高めていく。終盤では全ての伏…

「悪党パーカー/襲撃」リチャード・スターク

1964年発表、シリーズ第5作。感傷とは無縁の犯罪小説であり、プロフェッショナルの仕事ぶりを、どこまでもドライに活写するスタークのスタイルは一貫している。 舞台は、北ダコタ州コパー・キャニオン。三方を崖に囲まれ、一本の道路と鉄道のみで通じる閉ざ…

「リスボンの小さな死」ロバート・ウィルスン

1999年発表、英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞受賞作。ポルトガルを舞台とする異色のミステリだが、構成も変わっている。港街リスボンの浜辺で発見された少女殺害事件をめぐる現代のパートと、1942年ナチス・ドイツの特命を帯びた或る実業家の不穏な動き…