海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2018-01-01から1年間の記事一覧

「死が二人を」エド・マクベイン

1959年発表の「87分署シリーズ」第9作目で、スティーヴ・キャレラの妹が結婚する一日に巻き起こる騒動を描いた番外編的な一編。他の作品に比べて舞台設定や登場人物は限定されているが、その分ストーリーは淀みなく快調で、マクベインの技倆を存分に堪能で…

「音の手がかり」デイヴィッド・ローン

1990年発表作。主人公は元音響技師ハーレック。映画撮影中の事故で全盲となるが、聴覚はより一層鋭敏となり、繊細な音の違いを聞き分ける能力に長ける。さらに、記録した音から実体を掴み取るテクノロジーにも精通する。以上が前提となり、リアリティよりも…

「カメンスキーの〈小さな死〉」チャールズ・マッキャリー

米国諜報機関工作員ポール・クリストファーシリーズ1977年発表作。翻訳数が少ないため一概には言えないのだが、マッキャリーは一作ごとに趣向を凝らしており、同一の主人公でありながらも随分と印象が異なる。基本軸は、激動の国際情勢を背景に謀略の渦中へ…

「悪魔の分け前」マーティン・ケイディン

1966年発表のスリラー。米国の原発からプルトニウムを強奪し、南米のナチス残党に売り渡す計画を立てた犯罪グループの行動を描く。極めて狡猾な犯罪者らは独自のプロ意識を持ち、順当に仕事を進めるのだが、やがては内輪の確執により破滅への道を辿っていく…

「フーリガン」ウィリアム・ディール

ハメットへのオマージュとして作者自身が位置付けている1984年発表作。ベースは「赤い収穫」だが、単純な焼き直しではなく、全体的な趣きは随分と異なる。恐らく、停滞したハードボイルドへのディールなりのアプローチなのだろう。主人公は、FBI特別捜査…

「ゼロ・アワー」ジョゼフ・フィンダー

1996年発表のスリラー。不法行為によって国外に逃れるも、妻と娘を追跡者に殺された富豪の男が、復讐のためにアメリカ経済破綻を狙ったテロを計画する。その実行に赴くのは、かつて南アフリカ諜報組織の敏腕工作員であったボーマン。思想を持たず、カネのた…

「腰ぬけ連盟」レックス・スタウト

ネロ・ウルフシリーズ第2弾で1935年発表作。探偵の特異なライフスタイルが、物語の展開に少なからずの影響を及ぼす奇抜さが本シリーズの特徴であり、面白さでもある。ウルフは「本格ミステリ黄金期」に活躍した探偵らのカリカチュアであり、アームチェア・…

「重力が衰えるとき」ジョージ・アレック・エフィンジャー

1987年発表、ハードボイルドのテイストを大胆に組み込んだ近未来SFで、飜訳された当時はミステリファンの間でも大いに話題となった。チャンドラー「簡単な殺人法」の一節を冒頭に置き、大真面目にオマージュを捧げている。 世界の政略図が書き換えられ、よ…

「リラ作戦の夜」マーヴィン・H・アルバート

1983年発表作。第二次大戦中のフランス南部にある港町ツーロンを舞台とした戦争冒険小説で、史実と虚構を巧みに織り交ぜている。 1942年秋。ドイツに敗北後、実質は傀儡に等しいヴィシー政権下のフランス。休戦協定によって小康状態にはあったが、所詮はまや…

「静寂の叫び」ジェフリー・ディーヴァー

ディーヴァーの名を知らしめた出世作で、大胆且つ緻密な構成と簡潔且つ流れるような語り口が見事に結実した傑作である。冒頭から結末まで、常に読み手の予想を超える展開で、ページを捲る手を止めさせない。本作は、聾学校の生徒と教師を人質に取り廃棄され…

「眠る狼」グレン・エリック・ハミルトン

ハミルトン2015年発表のデビュー作。職業軍人バン・ショウが10年振りに帰郷する。音信が途絶えていた祖父ドノの不可解な呼び出しに応えたものだった。だが用件を確認する前に、ドノが何者かに撃たれ重傷を負う。生命を狙われた理由を探るべく、ショウは祖父…

「スノーマン」ジョー・ネスボ

時流に乗る北欧ミステリ。中でもノルウェーの俊英ネスボの人気は高く、順調に翻訳出版が続いている「幸福な作家」の一人だ。本国ではロックミュージシャンを兼ねているらしく、勢いのままに突っ走る独特のリズム/熱気に溢れた文体は、バックボーンに根差す…

「最高の銀行強盗のための47ヶ条 」トロイ・クック

軽快なタッチの疾走感を楽しむクライムノベル。レビューとしては以上で事足りる。器用だが深みに欠けるため、読後に何も残らない。個性的な小悪党らを多数配置し、適度なユーモアを交えたエピソードは多彩だが、コメディにしろ、シリアスにしろ、物語へと惹…

「奪回」ディック・フランシス

1983年発表の競馬シリーズ第22弾。後にフォーサイスが「ネゴシエイター」でも題材とした誘拐交渉人を主人公とする。犠牲/被害を最小限に抑えるべく、如何に行動し解決へと導くか。その心理的な駆け引きが最大の読みどころとなるが、本作のミソは交渉人が誘…

「深層海流」リドリー・ピアスン

1988年発表、米国の実力派作家ピアスンによる警察小説の力作。主人公は殺人課部長刑事ルー・ボールト。僅かな手掛かりを掘り起こし、検証/実証して犯人像を絞り込み、浮かび上がる痕跡を追う。その極めて実直な捜査法を抑制の効いた筆致で丹念に描いている…

「女王のメッセンジャー」 W・R・ダンカン

舞台となる東南アジアの濃密な空気感まで見事に再現した1982年発表のスパイ/スリラーの秀作。新興国家に渦巻く謀略の顛末をスピード感溢れる筆致で描き、劇的な流れで読ませる。 厳格な規律のもと、英国の最高機密文書を全世界で運ぶ〝メッセンジャー〟マー…

「制裁」アンデシュ・ルースルンド、ベリエ・ヘルストレム

北欧の新進作家として高い評価を得ているルースルンドとヘルストレム合作による2004年発表のクライムノベル。暴走する群衆心理の怖さを主題とし、息苦しく虚無的な展開で読後感は重い。 4年前に二人の少女を強姦/惨殺した凶悪犯が護送中に脱走、その足で幼…

「クメールからの帰還」ウィルバー・ライト

1983年発表作。カンボジア奥地の谷に墜落した旅客機の生存者がサバイバルを経て生還するまでを描く。奇跡的に生き残った四人は、元英国空軍パイロットの主人公、客室乗務員のカンボジア国籍の女、十代の少年少女二人。彼らは行き着いた米軍の飛行場で放置さ…

「マギの聖骨」ジェームズ・ロリンズ

疾風怒濤の勢いでスリラー界に名を馳せるロリンズの「シグマフォース・シリーズ」〝第1弾〟。全編クライマックスという表現が相応しく、加速度的に疾走するストーリーには圧倒される。冒頭から結末まで凄まじい量の情報を盛り込みながら、破綻することなく…

「死よ光よ」デイヴィッド・グターソン

人生の光芒を鮮やかに切り取るグターソン1998年発表作。自らの死と直面した老境の男が、その最後となる「旅」の途上で、様々な境遇の人々と出会い、別れていくさまを情感豊かな筆致で描いている。重い主題を扱いながらも、真っすぐなヒューマニズムを謳い上…

「レリック」ダグラス・プレストン、リンカーン・チャイルド

いわゆるモンスターパニックもので、娯楽性を重視し、プロットや描写に映画的手法を豪快に取り込んでいる。というよりも、同系統映画からの強い影響のもとに創作したのだろう。真相が明かされるエピローグこそ、本作の肝なのだが、スピード感溢れる筆致で冒…

「狐たちの夜」ジャック・ヒギンズ

ヒギンズは過去の作家として忘れ去られつつあるが、「鷲は舞い降りた」や「死にゆく者への祈り」が、今後も色褪せていくことはないだろうし、代表作を読めば事足りるという薄い存在でもない。本作のようにいささか強引な筋書きであろうとも、独自に構築して…

「九回裏の栄光」ドメニック・スタンズベリー

1987年発表作。都市再開発を巡る政治家・企業家の腐敗/犯罪を描いたノワールタッチの骨太な犯罪小説。タイトルからイメージする野球を軸にしたスポーツ・ミステリではない。舞台は、米国地方都市ホリオーク。フリーの記者ロフトンは、マイナーリーグ所属の…

「サイコ」ロバート・ブロック

ヒッチコックの映画化によりブロックを一躍著名にした1959年発表作。残虐な殺人シーンのインパクトでホラーのイメージが強いが、原作はサイコスリラーの先駆として評価が定着している。異常殺人者を主役格に置き、狂気へと墜ちていった背景を解き明かす〝サ…

「悪魔のような女」ボアロー、ナルスジャック

1952年発表作。数度の映画化もあり、ボアロー/ナルスジャック合作の中で最も読まれている作品と言っていい。サスペンス小説の模範ともなる構成で、次第に追い詰められていく人間の心理描写は流石の筆致だ。登場人物を必要最低限まで絞り込み、緊張感が途切…

「白の海へ」ジェイムズ・ディッキー

ミステリではないが、根幹には冒険小説のテイストがあり、予測不能の展開もあって強烈な印象を残す。 日米戦争末期、焼け野原と化していく東京でB29型爆撃機が墜落する。投げ出された機銃兵マルドロウは奇跡的に命拾いするが、敵国にただ一人取り残される。…

「ゴールド・コースト」ネルソン・デミル

有閑階級の衰退を独特のスタイルで描いた才人デミル1990年発表の異色作。急速に台頭したアメリカ型資本主義社会の恩恵を受け、永らく栄耀栄華をほしいままにした大資産家ら。主人公ジョン・サッターは、その代表的階層となる「ワスプ」の体現者であることを…

「スカイトラップ」ジョン・スミス

1983年発表、ジョン・スミスの処女作。翻訳本表紙カバーは、冒険小説ファンの心をくすぐる安田忠幸の装画。だが、素晴らしいのはそこまで。結論から述べれば、滅多にないほどの駄作なのである。その分インパクトがあり、逆の意味での面白さはある。版元の宣…

「警部、ナチ・キャンプへ行く」クリフォード・アーヴィング

米国の大富豪ハワード・ヒューズの自伝捏造によって世間を騒がせた異端の作家アーヴィング1984年発表作。その経歴とは裏腹に、本作はナチス強制収容所を舞台に、戦時下での「正義のあり方」を問い直す、実直で揺るぎない信念を感じさせる力作である。 原題は…

「地獄の家」リチャード・マシスン

「幽霊屋敷」を舞台とするモダンホラーの先駆であり、ジャンルの開拓者でもあったマシスンの存在を知らしめた一作。残虐非道の限りを尽くした狂人の霊が取り憑いた家。物理学者夫婦と霊媒師の男女という相反するチームが、その実態を解明すべく乗り込む。想…