海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「カメンスキーの〈小さな死〉」チャールズ・マッキャリー

米国諜報機関工作員ポール・クリストファーシリーズ1977年発表作。翻訳数が少ないため一概には言えないのだが、マッキャリーは一作ごとに趣向を凝らしており、同一の主人公でありながらも随分と印象が異なる。基本軸は、激動の国際情勢を背景に謀略の渦中へと否応もなく巻き込まれていく諜報員らの苦闘だが、扱う題材や全体的な構成、登場人物の掘り下げ方、文体や文章の流れなど、作品ごとに敢えて変化させているようだ。
本作は、原題「シークレット・ラヴァーズ」が内包する通り、〝純粋でない愛〟を主旋律とする退廃的ムードに満ちた異色のスパイ小説であり、新境地へと向かうマッキャリーの野心作でもあると感じた。
ソ連の反体制作家カメンスキーの未刊原稿を切っ掛けにスペイン内戦で暗躍した工作員らの過去が炙り出されていくというプロット自体は、総じて曖昧模糊としたもので、「暗号名レ・トゥーを追え」で為した重厚且つ緻密な構成は、残念ながら本作では弱まっている。謀略の闇へと消えた諜報員らの「その後」に焦点を当て、決して表舞台に登場することのないスパイの運命が、歪んだ〝愛〟によって捩れていく過程を冷徹に描き、諜報戦の只中でこそ生々しい人間の業が浮かび上がる構造に重点を置いているからだろう。その筆致は時にアンニュイで、時に幻惑的である。

詩人でもある主人公クリストファーの抒情とストイシズム、愛情の表出を絡めつつ対照させ、非情なる諜報活動に携わる一個人の宿命を、極めて情動的な〝愛〟の寓話として仕上げた本作は、マッキャリーの奥深く豊かな創造性を同時に物語っている。

評価 ★★★★

 

カメンスキーの「小さな死」 (扶桑社ミステリー)

カメンスキーの「小さな死」 (扶桑社ミステリー)