海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2022-01-01から1年間の記事一覧

「殺戮のチェスゲーム」ダン・シモンズ

他人の意識と行動を操る異能者〈マインド・ヴァンパイア〉。その起源は不明だが、古来から極少数の者が生まれながらに特殊能力を備えていた。様々な仕事に就いて表向きの顔を持つ彼らは世界中に散らばり、時代の変化に順応しつつ生きながらえていた。容姿は…

「残酷な夜」ジム・トンプスン

裏社会の〈元締め〉から殺しを請け負った〝おれ〟ビゲロウは、田舎町ピアデールを訪れた。ターゲットは、暗黒街の秘密に通じていたノミ屋ウィンロイで、被告として裁判を控えていた。やつは、口封じで殺されるを恐れ、酒に溺れる毎日を送っている。ウィンロ…

「もう年はとれない」ダニエル・フリードマン

2012年発表作。主人公は87歳の元殺人課刑事バック・シャッツ。第二次大戦の戦友が死ぬ直前に残した言葉が発端となり、敗戦間際に米国へと逃れた元ナチスが隠し持つ金塊を巡る争奪戦が展開する。孫の手を借りたバックは自らの高齢を逆手に取りながら巧みに〝…

「グリーン家殺人事件」S・S・ヴァン・ダイン

本格ミステリ黄金期にあたる1928年発表作。「僧正殺人事件」と並ぶヴァン・ダインの代表作として、日本では今も読み継がれている。しっかりとした骨格を持ち、謎解きの過程も分かりやすいため、入門書としては最適だろう。堕落した有閑階級グリーン家を舞台…

「101便 着艦せよ」オースチン・ファーガスン

1979年発表の航空サスペンスで、内容は邦題と表紙の装画通り。米国サンフランシスコから中国上海に向かっていた特別旅客機。その第3エンジンが整備不良によって大破した。同機は3発ジェットエンジンのダグラスDC-10。残り二つのエンジンで飛行は可能だった…

「獅子の怒り」ジャック・ヒギンズ

のっけからの余談、ご容赦を。またしても早川書房「ミステリマガジン」について書き記しておきたい。2022年9月号で「ヒギンズの追悼特集」をすると告知していた。少なくとも、ジョン・ル・カレ追悼(2021年7月号)並みのボリュームはあるはずだと、と古く…

「消された眼」ジョン・サンドフォード

人間は、死の間際に何を視るのか。ベトナム帰還兵マイケル・ベッカーは、アジアの地で三人の娼婦を絞殺した。最初の女は殺人者の眼を凝視しながら死んだ。直後に悪夢を見るようになったベッカーは、それを逃れるために薬物を乱用した。次からは死人の眼を潰…

「マルベリー作戦」ダニエル・シルヴァ

ノルマンディー上陸作戦を巡る英対独の諜報戦を描いたスパイ・スリラーで、1996年発表作。シルヴァはこのデビュー作で評価され、以降ベストセラー作家として大成した。題材として近い〝ケン・フォレットの傑作「針の眼」(1978)に迫る面白さ〟という評判は…

「モンマルトルのメグレ」ジョルジュ・シムノン

こってりとした重厚な味を堪能した後には、さっぱりとした軽めの味を楽しみたい。ミステリも一緒だ。ただ私の嗜好に過ぎないが、昨今流行りのコージーミステリには全く食指が動かない。日常の延長で〝ほっこり〟するよりも、非日常へといざなう最低限の刺激…

「TVショウ・ハイジャック」レイモンド・トンプスン/トリーヴ・デイリィ

地味な邦題(原題は「The Number to Call Is...」)と装幀のため長らく積ん読状態だった一冊。何気なく読み始めて驚く。冒頭から一気に引き込まれ、巻を措く能わず。濃厚且つ濃密なサスペンスが横溢する衝撃作で、完成度も高い。1979年発表の共作で唯一の翻…

「獲物は狩人を誘う」ジョナサン・ヴェイリン

シンシナティの私立探偵ハリイ・ストウナーシリーズ第2弾で1980年発表作。 町の図書館長からの依頼は、美術関連の稀覯本が切り裂かれる事案を解明してほしいというものだった。すでに20冊以上、女性の絵画のみが無惨に切り裂かれていた。ストウナーは、知人…

「『赤い風』の罠」ジョン・クロスビー

中世文学教授で元CIA局員キャシディを主人公とする1979年発表のサスペンス/スリラー。以降シリーズは第3作まで翻訳されている。長らく失職中だったキャシディは、NYの超高級アパートに住むイタリアの大公妃エルサ・カスティグリオーネに雇われた。仕事内…

「ボクサー」ピート・ハミル

映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作者として日本でも馴染み深いピート・ハミル。気骨のあるジャーナリスト/コラムニストとして著名で、作家活動の中ではハードボイルド小説にも挑んでいた。1979年発表の本作は、ボクシングを通して成長する青年を情感豊か…

「鼠たちの戦争」デイヴィッド・L・ロビンズ

第二次世界大戦に於けるドイツ対ソ連で最も過酷な戦場となったスターリングラード。記録によれば、1942年8月から5ヶ月間にもわたった攻防での死者は200万人。当初60万人いた住民は、戦闘終結時には1万人を下回る数しか生き残れず、まさに死の街と化した。…

「善意の殺人者」ジェリー・オスター

1985年発表作。この作家独自のあくの強さが印象に残る警察小説で、なかなか読ませる。発端はNY地下鉄。電車内で女を強姦しようとしたチンピラが、助けに入った正体不明の男に射殺された。偶然乗り合わせた乗客らは当然の如く逃亡した男をかばい、メディア…

「大統領候補の犯罪」ダグラス・カイカー

1988年発表作。派手さはないが味わい深い秀作「クラム・ポンドの殺人」に続く新聞記者マックシリーズ第二弾。主要な登場人物はそのままに、よりメインプロットに重点を置いている。前作のなんとも言えない人間味溢れる情感は薄れているが、自らもジャーナリ…

「ハンターにまかせろ」エリック・ソーター

1983年発表作で、これも積読の山から発掘。安っぽい装丁やB級のタイトルとは裏腹に、骨のあるハードボイルドに仕上がっている。主人公は元ジャーナリストで現作家のハンター。或る日、歳の離れた友人ビリー・ライが謎めいた言葉を残して消える。やさぐれた…

「笑いながら死んだ男」デイヴィッド・ハンドラー

ゴーストライター/ホーギーシリーズ第一弾で1988年発表作。コメディアン2人組で一世を風靡しながらも、解散後は落ちぶれていった片方の自伝をホーギーは引き受ける。最大の売りは、元パートナーと不仲となった原因。だが、頑なに本人は過去を明かすことを…

ありがとう、ジャック・ヒギンズ

ジャック・ヒギンズ(本名ヘンリー・パターソン)が、2022年4月9日、英領チャネル諸島ジャージー島の自宅で死去した。92歳だった。年齢を考えれば、大往生だろう。けれども、まだまだ生きる伝説として、衰退した冒険小説界を鼓舞して欲しかった。代表作「鷲…

「ブランデンブルクの誓約」グレン・ミード

1994年上梓のデビュー作。この後にスパイ/冒険小説史上屈指の名作「雪の狼」を書き上げるのだが、本作はナチス残党の謀略に主眼を置いており、冒険的要素は薄い。けれども、目的に向かって闘う不屈の男を軸に、多彩な登場人物が入り乱れるストーリーは、翻…

「赤毛の男の妻」ビル・S・バリンジャー

医者を志しながらも環境に恵まれず、貧しい人生を歩んできた男。彼にとっては、学生時代に出会い、激しい恋に落ちた美しい女だけが心の拠り所だった。だが、格差故に引き離され、放浪。長い年月を経て行き着いた果ては刑務所だった。やがて男は脱獄し、その…

「24時間」グレッグ・アイルズ

米国のベストセラー作家による2000年発表のスリラーで、ストレートに「誘拐物」に挑んだ力作。身代金目当ての誘拐事件を扱うミステリは、警察/犯罪物を中心に数多いが、新たなアイデアを盛り込まなければ、過去作品の単なる焼き直しと評価されかねない。現…

「ダ・フォース」ドン・ウィンズロウ

現在も深刻な麻薬問題を抱える米国の実態を凄まじい暴力の中に描いた一大叙事詩「犬の力」(2005)/「ザ・カルテル」(2015)/「ザ・ボーダー」(2019)。作家人生の集大成ともいうべき、この渾身の三部作によって、ウィンズロウは紛れもなく頂点に達した…

「傷痕のある男」キース・ピータースン

ピータースンが80年代後半から発表した新聞記者ジョン・ウェルズシリーズは、現代ハードボイルドの新たな収穫として高い評価を得た。くたびれてはいるものの正義感に溢れた中年男の語り口がとにかく絶品なのだが、残念ながら4作品で途絶えたままだ。1990年…

「平和」を踏み躙るもの

似非平和イベントに成り下がった「オリンピック」終了直後の2022年2月24日、ロシアがウクライナを侵略した。日本のマスメディアは一様に〝侵攻〟という曖昧でふやけた言葉を使っているが、独立国家の主権を侵し、暴力を用いて領土を奪い取る明白な侵略戦争…

「裁くのは誰か?」ビル・プロンジーニ、バリー・N・マルツバーグ

「驚天動地の大トリック」という惹句に惹かれて読む本格ファンは多いだろう。本作の結末について、良いも悪いも特に反応できなかった私は、ミステリを楽しむ基準が変わったのではなく、謎解きについてそもそも〝縛り〟がある方がおかしいという考えがあるか…

「届けられた6枚の写真」デイヴィッド・L・リンジー

無性に或る作家の世界観や文章表現に触れたくなる時がある。リンジーはその一人で、定期的に〝読まなければならない〟という衝動に駆られてしまう。本作も、私の言い様のない渇きを癒やす泉のような作品だった。 ヒューストン警察の刑事スチュアート・ヘイド…

「人狼を追え」ジョン・ガードナー

あとにクルーガーシリーズでスパイ小説の金字塔を打ち立てるガードナー1977年発表作。本作はいわゆる〝ナチス物〟だが、これがかなりの異色作だ。 1945年4月30日、ベルリン地下壕でヒトラーは自殺した。側近らが次々に逃亡を謀る中、或る将校に手を引かれた…

「四つの署名」コナン・ドイル

1890年発表のシャーロック・ホームズ第二弾。幕開けのシーンはなかなか衝撃的だ。暇を持て余し、刺激を得るためにコカインを常用する探偵。恐らく「児童向け」では、ホームズの薬物中毒は削除されているだろうが、コナン・ドイルは後世まで名を残すこととな…

「スカーラッチ家の遺産」ロバート・ラドラム

1971年上梓の処女作。舞台俳優や劇場主から作家へと転身したラドラムは、この時すでに50代。よほど物書きへの強い憧れがあったのだろう。以降毎年のように大作を発表し続け、その大半がベストセラーとなるという稀に見る成功を収めた。特に「暗殺者」(1980…