海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「獲物は狩人を誘う」ジョナサン・ヴェイリン

シンシナティの私立探偵ハリイ・ストウナーシリーズ第2弾で1980年発表作。

町の図書館長からの依頼は、美術関連の稀覯本が切り裂かれる事案を解明してほしいというものだった。すでに20冊以上、女性の絵画のみが無惨に切り裂かれていた。ストウナーは、知人の刑事に近隣で異常な事件が起こっていないかを尋ね、2年前に未解決の猟奇的殺人があったことを知る。被害者の女性は画家の卵で同館を頻繁に利用していた。まもなく遺留品の中に殺人者を示唆するデッサンを発見する。貸出者のリストをもとに合致する男を特定しだが、すでに姿を消していた。ストウナーは男の家族をあたり、新たな殺人の予兆を感じる。

ヴェイリンは70年代後半に登場した私立探偵小説の注目株の一人だが、概ね「特徴がないのが特徴」といった評価だった。気の利いた台詞を吐く訳でもなく、地の文には気取りや着飾った比喩もない。構成/展開に捻りはなく正攻法。人物造形もそつがないが、強烈なインパクトは持たない。私は第一作「シンシナティ・ブルース」を数年前に読んで短評も書いているのだが、内容については全く記憶がないため〝薄味〟であったことは確かなのだろう。
驚いたのは、初見の精神科医がプロファイリングした内容を何の疑いもなく素直に受け入れて、殺人者を特定する土台としたことだった。ストウナーは恋愛に対してもピュアで、図書館が先に雇っていた女調査員と行動を共にするのだが、一瞬で惚れて舞い上がる。この純粋さは、屈折した男女関係へと陥りがちな他の不器用な探偵らとは違う〝特徴〟といえる。
或るインタビューでは、売れる本を意識し過ぎたとして、ヴェイリン自身が本作を気に入っていないらしい。確かに、プロットがやや作為的なことや探偵の恋愛エピソードがくどいなど、時流を意識し過ぎて、より一層個性が薄れた感は否めない。しかし、この〝普通さ〟がかえって新鮮で、抑えた感傷の表現には光る部分もある。実は、翻訳が途絶えて以降の作品の方が本国では評価が高いというのも皮肉な話なのだが。

評価 ★★★