海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「重力が衰えるとき」ジョージ・アレック・エフィンジャー

1987年発表、ハードボイルドのテイストを大胆に組み込んだ近未来SFで、飜訳された当時はミステリファンの間でも大いに話題となった。チャンドラー「簡単な殺人法」の一節を冒頭に置き、大真面目にオマージュを捧げている。

世界の政略図が書き換えられ、より細分化された国家群。その中で独自の戒律に準ずるイスラム社会ブーダイーンを舞台とする。主人公は私立探偵マリード・オードラーン。本作最大の売りは、人格の変わる〝モジュール〟、限定的だが専門知識を与える〝アドオン〈ダディー〉〟を頭蓋に装着すれば、人格/能力を変えることが可能となる世界、という如何にもSF的な趣向を懲らしていることだろう。探偵が推理力を上げるための擬似人格モジュールとしてネロ・ウルフを選択するのだが、良いのか悪いのかどっちつかずの結果に終わるエピソードがユニーク。ただ、作者はユーモアよりも、俗悪な犯罪組織が牛耳る「卑しい街」で生きる男の昂揚と焦燥を描くことに力を注いでいる。プロットの仕掛けよりも世界観の面白さで読ませたい、という意気込みは伝わるものの、どうにも中途半端な印象が残った。結末も苦く後味が悪いのだが、いつの時代でもハードボイルドに生きることは難しいのだよ、とエフィンジャーは皮肉っているのかもしれない。

評価 ★★★

重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)

重力が衰えるとき (ハヤカワ文庫SF)