海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

2021-01-01から1年間の記事一覧

「ベルリン・レクイエム」フィリップ・カー

私立探偵ベルンハルト・グンターシリーズ第3弾で1991年発表作。デビュー作でハードボイルド、次作では警察小説、そして所謂〝ベルリン・ノワール〟の掉尾を飾る本作ではスパイ小説へのアプローチを試み、何れも高い評価を得た。 同一の主人公で一作ごとにコ…

「踊る黄金像」ドナルド・E・ウエストレイク

事の発端は、南米の最貧国デスカルソで起こる。ここの国立博物館には、数千年以上も前に創作されたという黄金の「踊るアステカ僧侶像」が厳重に保管されていた。同国政府は新たな観光資源とするべく、僧侶像の複製を作り、安価な工芸品として売り出すことと…

「チャイナマン」スティーヴン・レザー

1992年発表作。英国からの北アイルランド分離独立を目指すテロ組織IRAの行き詰まりを描き出したスリラー。特に主人公は設けず、暴力に彩られた闘争が行き着く果てを極めてドライに活写している。章立てが無く、場面展開が早い。登場人物が多く、状況を多角的…

「クレムリンの密書」ノエル・ベーン

出版当初は本に封を施し返金保証付きで売り出したという。ベーンは批評家らから高い評価を得ており、翻訳者も後書きで絶賛しているのだが、私は全く面白くなかった。中盤から興味を失い、嫌々読み終えたほどだ。「シャドウボクサー」(1969)でも感じたこと…

「Q E2を盗め」ヴィクター・カニング

積ん読の山を崩して〝発掘〟。なぜ、早く読まなかったのかと後悔するほどの出来だ。硬質な筆致と手堅い人物造形。己の主義を貫く犯罪者たちの硬派なスタイルも良い。1969年発表、翻訳数が少ないカニングの実力に触れることができる犯罪小説の秀作。主人公は…

「海底の剣」ダンカン・カイル

1973年発表作。ソ連がカナダ沿岸の海底に配備した核ミサイルを固定する鎖が腐食し、暴発する可能性が浮上した。折しも同国では国際的な平和会議を予定しており、最悪の場合は戦争へと突入しかねない。ソ連政府は極秘裏にミサイル撤去の計画に着手するが、そ…

「ジレンマ」チェット・ウィリアムソン

1988年発表作。主人公は中年に差し掛かった男、ロバート・マッケイン。職業は個人営業の私立調査員。ハードボイルド・ヒーローへの憧れはあったが、現実は錯綜する謎の解明や拳銃をぶっ放すような暴力沙汰とは無縁であり、仕事は浮気調査で殆ど埋まっていた…

「ブラックランズ」ベリンダ・バウアー

2010年発表作。12歳の少年が、幼少期のおじが殺されるという過去の事件を〝解決〟することで、現在のぎくしゃくした家族関係を立て直そうとする。要は、絆がテーマといえるだろう。ただ、ムード優先で筋に捻りがないため、サスペンスとしては物足りない。女…

「死にゆく者への祈り」ジャック・ヒギンズ【名作探訪】

1973年上梓、ヒギンズの魅力を凝縮した畢生の名作。冒険小説史に燦然と輝く「鷲は舞い降りた」(1975)のような重厚な大作ではないが、ロマンとしての味わいでは突出しており、恐らく大半のファンはベストに推すだろう。1981年に「ミステリマガジン」が行っ…

「戦闘マシーン ソロ」ロバート・メイスン

1989年発表作。装丁や粗筋からは、人型ロボットが暴れ回る〝SF軍事スリラー〟という印象を受ける。たいして期待せずに読み始めたのだが、本作は近未来の戦争をシミュレートした無機質な戦闘物ではなく、冒険のロマンを絡めた実に読み応えのある力作だった…

「青いジャングル」ロス・マクドナルド

処女作と第二作でスパイ・スリラーを書いたロス・マクドナルドは、1947年に発表した第三作で、いよいよハードボイルド小説に挑んだ。翻訳者は独特の文体を用いる田中小実昌で、言い回しは古いが粋の良い仕上がりで楽しめる。 軍隊生活を終えたジョン・ウェザ…

「検屍官」パトリシア・コーンウェル

世界的ベストセラー作家が1990年に発表したデビュー作。今では30作以上の作品が翻訳され、固定ファンをしっかりと掴んでいるようだ。女性検屍官を主人公とするコーンウェルの代表的シリーズ、という前知識だけはあった。以下は本作のみを読んだ上での取り留…

「太陽がいっぱい」パトリシア・ハイスミス

1960年にルネ・クレマン監督/アラン・ドロン主演で映画化(1999年「リプリー」として原作をほぼ忠実にリメイク)されたことにより、ハイスミスの最も有名な作品となった。1955年発表作だが、全編独特なトーンを持ち、時代を感じさせない。物語の舞台として…

「監禁面接」ピエール・ルメートル

現代ミステリの最重要作家、2010年発表作。私の場合、購入した本はしばらく〝寝かせる〟のが常だが、ルメートルだけは早々に積ん読から外している。一旦、冒頭を読み始めたなら、最終頁に辿り着くまで片時も本から手を離せない。しかも、一度も期待を裏切ら…

「裁判長が殺した」ハワード・E・ゴールドフラス

1986年発表、大胆な着想が光る異色の法廷小説。 ニューヨーク州最高裁判所判事アレン・スターディヴァントは、次期州知事選の民主党候補に推薦された。家柄、経歴、人受けのいいルックスなど申し分なく、現共和党知事を打ち破る資質を備えていた。だが、この…

「ブラック・プリンス」デイヴィッド・マレル

1984年発表作。マレルといえば、映画「ランボー」の原作者として著名だが、その実力を遺憾なく発揮しているのは、本作から「石の結社」「夜と霧の盟約」と続く三部作となるだろう。短いショットを繋げていくスタイルは、スリラー作家の中でも飛び抜けてスピ…

「殺したくないのに」バリ・ウッド

繊細且つ鋭利な心理描写を縦横に駆使したサイキック・スリラー。とにかく濃密な空気感には圧倒された。恐怖心を煽る技巧が秀逸で、下手なホラー小説よりも格段に怖い。ニューヨーク市警スタヴィツキー警部は、長年追っていた犯罪者の死を知った。その男、ロ…

「雷鳴」ジェイムズ・グレイディ

1994年発表作。スパイ映画の秀作「コンドル」の原作者グレイディが〝お家芸〟となるCIA内幕を題材としたスリラー。 主人公はCIA局員ジョン・ラング。ある朝、同局員で友人のマシューズが流れ弾を浴びて死んだ。公には事故として処理されたが、明らかに…

「消えた錬金術師」スコット・マリアーニ

ベン・ホープシリーズ第1弾で 2007年発表作。いかにも英国人好みの高潔で高貴な男を主人公に据え、歴史ロマンを絡めたアドベンチャーを展開する。ホープは本作の時点で37歳。元英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)の隊員で、現在はフリーランス。主に誘拐された…

「ボーン・マン」ジョージ・C・チェスブロ

実力派チェスブロの1989年発表作。娯楽的要素を盛り込んだ一味違うスリラーで、埋もれたままにしておくのは惜しい秀作だ。 激しい雨が降り続いていたニューヨーク/セントラル・パーク。その一角で憔悴した状態の浮浪者が市に保護された。男は入院後しばらく…

「死体が転がりこんできた」ブレット・ハリデイ

1942年発表のマイアミの私立探偵マイケル・シェーン第6弾。同年にチャンドラーが「大いなる眠り」を上梓、ハードボイルド小説隆盛期に当たる。戦時下ということもあり、暗躍するナチスのスパイを絡め、この派にしては珍しくプロットに凝り、捻りを利かせて…

「ツンドラの殺意」スチュアート・カミンスキー

ソビエト連邦崩壊前、極寒のシベリア地方の小村を舞台とした異色の警察小説。エド・マクベイン「87分署シリーズ」へのオマージュらしいが、終始暗鬱なトーンに包まれており、アイソラの刑事たちが醸し出す躍動感は無い。歪んだイデオロギーが暗流に淀み、自…

「航空救難隊」ジョン・ボール

1966年発表の航空冒険小説の名作。シンプルなストーリーだが、その分密度が濃く、空に生きる男たちの熱い血潮が全編にわたり滾る。カリブ海の孤島トレス・サントスに、かつてない規模のハリケーンが接近していた。ここを拠点とする民間航空会社のスタッフは…

「暗闇にひと突き」ローレンス・ブロック

マシュウ・スカダーシリーズ、1981年発表の第四弾。まだ無免許探偵が酒を呑んでいた頃の話で、男はこの後「八百万の死にざま」で大きな転機を迎えることとなる。 9年前に起こった女性連続殺人。既に犯人は投獄されていたが、ただひとつ犯行を否定した事件が…

「標的の原野」ボブ・ラングレー

1977年発表の処女作。不条理な誘拐事件を発端とする本作は、中盤まではサスペンスが基調、後半に至り極寒の山岳を舞台にマンハントが展開する。ただ、冒険小悦としてはまだ萌芽のレベル。人物造形の浅さや、余分と感じるエピソードの挿入で物語の密度が弱ま…

「マンハンター」ジョー・ゴアズ

舞台はサンフランシスコ。或るアパートの一室で、たった今素手で殺した南米人の死体を見つめる大柄な男。傍には17万5千ドルとヘロイン1キロ。それを無造作にアタッシュケースへ詰め込む。男の名はドッカー。買い手側の代行者だった。間もなくして麻薬の鑑定…

「噛みついた女」デイヴィッド・リンジー

ヒューストン警察殺人課刑事スチュアート・ヘイドンシリーズ第1弾で1983年発表作。ディテールに拘った重厚な筆致で現代社会の病巣を抉り、ハード且つハイボルテージな警察小説として読み応えがある。 原題は「冷血」。狂犬病ウィルスを用い、街の娼婦を次々…

「負け犬のブルース」ポーラ・ゴズリング

主人公は41歳のピアニスト、ジョニー・コサテリ。クラシック界で名声を得ながらも挫折、ジャズへと転向した。雑多な仕事でカネを稼ぎ、コマーシャリズム化した音楽業界で才能を発揮、それなりに成功を収めている。だが、クラシックへと引き戻そうとする周り…

「ウバールの悪魔」ジェームズ・ロリンズ

古代ロマンを軸に事実と虚構を織り交ぜたエンターテインメント「シグマ・フォースシリーズ」〝第0弾〟で2004年発表作。次作から主役を張るグレイ・ピアースはまだ登場せず、この後シグマ司令官となるペインター・クロウが現役隊員として活躍する。ただ、ロ…

「甦える旋律」フレデリック・ダール 【名作探訪】

「世界じゅうでいちばん悲しいものは? それは壊れたバイオリンではないかと思う」ナイーヴで感傷的なモノローグで始まるこの物語を初めて読んだのは、私自身がまだまだ未熟で多感な時だった。読む物すべてが新鮮で知的な〝冒険〟に満ちていた頃。そんな中で…