海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「検屍官」パトリシア・コーンウェル

世界的ベストセラー作家が1990年に発表したデビュー作。今では30作以上の作品が翻訳され、固定ファンをしっかりと掴んでいるようだ。女性検屍官を主人公とするコーンウェルの代表的シリーズ、という前知識だけはあった。以下は本作のみを読んだ上での取り留めのない〝感想〟に過ぎない。他の作品がどのようなものかを把握していないため、誤読/曲解があるかもしれない。

一読しての印象は、意外と実直な筆致で、ヒロインに派手さもなく地味目。肝心のストーリーは、起伏が乏しく、エピソード類が弱い。出版当時、注目されていたDNA鑑定などの科学的捜査や、作者が得意とするコンピューター関連の用語などを事細かく盛り込んでいるのだが、結局メインプロットに絡むことはない。構成は緻密さに欠け、全体的に散漫。検屍官として鋭い分析をする訳でもなく、殺人者に繋がる手掛かりの発見は、思い付き程度。さらに、処女作にしてミステリの〝基本原則〟を堂々と破っている(実際、これが〝真犯人〟かと驚いた)のは潔いが、さっぱり効果を得ていない。そもそも、ほぼ単独且つ動的に検屍官が事件を解決する設定に無理があるのだが、次作からはどう着想しているのだろうか。

核となる連続殺人の真相を追う過程がなかなか進展しないため、主人公のメンタル面に興味が移り、本筋が霞んでいく。彼女は様々な悩みを抱えている。それまでは男の牙城であった仕事に対して上司や刑事から受ける性差別、報道機関へのリークを先入観のみで疑われるという焦燥。そして、関係を深めた検事の男が、実は殺人者かも知れないという疑惑。〝女性〟としての立ち位置が、常に物語の軸となっている。
コラムニスト香山二三郎は「本シリーズの人気は〝四F現象〟(主人公はもとより、作家も訳者も読者も皆、女性=FEMALE)と連動している」と述べているが、多分その通りなのだろう。ターゲットを絞り、ニーズに応える。大半を占めると思しき女性読者に対し〝理想〟となるような生き方/ライフスタイルを提示し、ヒロインへの強い共感を得る。これは、いわゆる〝ハーレクイン〟界隈に通じるものだが、基調となるミステリ/サスペンスまで〝甘い〟のでは元も子もない。離婚して、現在は〝ハンサムなエリート検事〟と恋愛関係にあるというのも、定型に倣っているとはいえ新鮮味が無い。
ハードボイルドの分野では1980年代にサラ・パレツキースー・グラフトンらによる〝女探偵〟のムーブメントもあったが、いわばマチズモの対立軸として強調したタフネスと、本シリーズの主人公のスタンスは違う。要は、等身大で生きる現代の女性が、さまざまな差別、ジレンマをどう乗り越えていくを、よりリアルに描いているということか。ミステリというよりも、昨今定着したジェンダーの視点から読み解くことも可能だが、あれこれと考察できるほど、本作は深くない。

コーンウェル自身の解説を読むと、出版に漕ぎ着けるまで相当苦労したようだ。MWA新人賞受賞などにより一気に注目を浴び、以降は安定した息の長いシリーズ化に成功している。
初めて手にした海外ミステリが本作というケースも多いだろう。高評価を与える読者もいるだろう。けれども、有名な賞をとっている作品がこの程度なら、海外ミステリなんてつまらない、と落胆する読み手もいるだろう。つまりは、読み手の経験と相性次第なのだが、本当に面白い〝ミステリ〟とはこれではないと私なら助言するだろう。無論、世間一般で売れている〝読み物〟に触れたいならば、この限りではないが。本作は、コーンウェル最上の作品ではないかもしれず、どこかで〝大化け〟しているかもしれない。ただ、もういいかな、というのが私の結論となる。
評価 ★★