処女作と第二作でスパイ・スリラーを書いたロス・マクドナルドは、1947年に発表した第三作で、いよいよハードボイルド小説に挑んだ。翻訳者は独特の文体を用いる田中小実昌で、言い回しは古いが粋の良い仕上がりで楽しめる。
軍隊生活を終えたジョン・ウェザーは、十年振りに帰郷する。父親に仕事を頼むつもりだった。だが、ギャンブル店運営で財を築き、市政にも権力を振るった父J・D・ウェザーは二年前の或る夜、街頭で何者かに射殺されていた。J・Dの妻は随分前に死んでおり、若い女と再婚して間もなくのことだった。汚職塗れで腐り切った警察は、事件後すぐ捜査を打ち切っていた。
ジョンは街を歩き、情報を集め、真相を追い求める。改革派だった市長は、J・Dが築いた土台を継いだ闇組織のボス、カーチに弱みを握られていた。早々に未亡人となった義母フロレイン・ウェザーは莫大な遺産を手にし、新たに権力を握ったカーチと深い関係にあるらしい。ジョンは、父親の真の姿を知らなかった己の甘さを戒めつつ、街に蔓延る悪を一掃することが課せられた使命だと信じる。停滞した状況に波紋を起こし、敢然と闘い始めるが、カーチ一派は容赦ない攻撃を加えてきた。
卑しい街を行くタフな男。筆致は荒削りだが、熱い。通俗的とはいえ紛れもないハードボイルドの世界を構築し、ロス・マク作品中で最も暴力的な展開を辿る。ズタボロになりながらも、不正を見極め、偽善を暴き、腐敗した街の浄化に挑む男の姿は、潔く高潔で、まるでマッギヴァーンの作品を読んでいる錯覚に陥った。
軽視されがちなケネス・ミラー名義の四作品は、どれも瑞々しい生彩を放ち、しっかりとした世界観を持つ。ロス・マクの真髄は言うまでもなくリュウ・アーチャーシリーズだが、その源泉となる初期作品も決して侮れない価値がある。
評価 ★★★