海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「偶然の犯罪」ジョン・ハットン

1983年発表、英国CWAゴールド・ダガー受賞作。米国MWAもそうだが、1年間に出版された膨大な作品の中から、何を基準にベストを選出したのか首を傾げる場合も多い。日本の雑多なランキングも、信頼度では言うに及ばずなのだが。

主人公は、師範学校の中年教師ニールド。大学内での特権的ポストに成り上がることを生きがいとし、日々教師仲間と丁々発止の駆け引きを繰り広げていた。或る夜、ニールドは指導先の学校から帰る途上で、ヒッチハイカーの若い女を拾う。身の程知らずにも色欲に駆られるが、すげなく拒否されて逆上し、女を放り出す。翌日、同地で女の死体が発見された。数日前、同様の手口によって女が殺されたばかりだった。現場周辺での刑事の聞き込みにより、男は必然、連続殺人事件の容疑者となる。つまらないプライドからついたニールドの嘘は、逆に容疑を固める方向へと流れていく。
「偶然」が重なり容疑者に仕立てられるという主題は、ミステリとしては常套だが、通常なら高まるはずのサスペンスは低調、主人公の俗物ぶりのみが印象付けられていく。ニールドは、自ら真犯人を捜す正義感も、身の潔白を晴らす気概も放棄し、なおも処世に全力を傾け続けるのだから呆れる。女性や若者に対して偏見を持つ利己主義者で、それは概ね劣等感に起因していることを匂わせる。つまり、ことごとくイヤな野郎なのである。作者は敢えて読み手の感情移入を妨げるように主人公を描いている訳だが、これが決してプラスに作用しない点が、本作最大の欠点だろう。こんな奴なら、例え無実であろうと、お灸を据えてやればいいと倫理観無視の願望をいだきかねない。
当然のこと、結末は読者の意に沿わぬものへと至るが、プロットにも捻りはなく、消化不良の読後感のみを残す。文章に味わいがある訳でもなく、徹頭徹尾冴えない男の迷走に付き合わされる。英国式のブラックユーモアに根差したものなのだろうが、巻末解説の方が読み応えがあるようでは、溜め息しか出てこない。

評価 ★

偶然の犯罪 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

偶然の犯罪 (ハヤカワ・ミステリ文庫)