海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「陸橋殺人事件」ロナルド・A・ノックス

本職は聖職者という異色の作家で、創作上のルールを定義した「ノックスの十戒」でミステリファンにはお馴染みだろう。創作期間は10年と短く、本人の意志に反して、教会など身内の抵抗にあって断筆に追い込まれたらしい。環境に恵まれなかった不運なノックスだが、処女作となる本作を読む限りでは、シニカルなユーモア感覚の持ち主だったことが分かる。
翻訳本の後書きでも触れているが、冒頭で書き手が「事件発生の場所を架空にする作者は信頼できない」と前口上するにも関わらず、本作の舞台は架空であること。後年に著した「十戒」で提言したフェアプレイの精神に必ずしも忠実ではなく、敢えて定石を破る構成であること。保守的なミステリ界隈を茶化している感があり、その延長線上に「十戒」という堅苦しい戒律を示して、作家や読者の反応を楽しむノックスの捻れた心理が読み取れるのである。

本作のストーリーは暇をもてあました素人探偵が、ゴルフ場近くの陸橋から落ちたと思しき死体を巡り、探偵ゲームに勤しむというもの。本格物の形式を捩った〝メタミステリ〟の一種で、時期的には、この分野での先駆といっていい。深みや味わいはないが、プロット自体は練られており、ストレートなミステリに飽き足らない読者には向いている。ただし、推理合戦のネタとなるトリック用小道具には不自然さが目立ち、こじつけも多い。人物の描き分けも決して巧みとはいえず、整理しきれていない。ただ、遊戯としてのミステリに対する作者の愛情は伝わってくるため、苦笑しながらも楽しむことはできるだろう。
種明かしをする結末のあっさり感は、名探偵が関係者一同を集めて延々と推理を披露する既存のミステリへの当て付けと受け止めることができ、ノックスの得意げな顔が浮かんでくる。

本作発表は本格推理黄金期にあたる1925年。この時代は、主流であったストレートな謎解きものが飽和状態に達し、サスペンスやハードボイルド、スパイ小説などに本格的な書き手が次々に登場して、広義のミステリとしてのジャンルが成熟しつつあった。いわば本格ものを〝変格〟する土壌も整っていた時で、しかも専門作家以外からのアプローチというのも面白い。

評価 ★★★