海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「モンマルトルのメグレ」ジョルジュ・シムノン

こってりとした重厚な味を堪能した後には、さっぱりとした軽めの味を楽しみたい。ミステリも一緒だ。ただ私の嗜好に過ぎないが、昨今流行りのコージーミステリには全く食指が動かない。日常の延長で〝ほっこり〟するよりも、非日常へといざなう最低限の刺激をミステリには求める。その点で、メグレシリーズは適度な〝息抜き〟となっている。

若い刑事がダンサーの女に恋をする。だが、プロポーズをした翌朝に女が絞殺された。刑事は、メグレの部下の一人だった。捜査を進める中、徐々に孤独な女の肖像が浮かび上がるが、それは場末のキャバレーで働く者たちの境遇とさして変わりはなかった。その平凡さの裏に隠された闇とは何か。店の経営者やバンドマン、給仕らとの接触を重ねるメグレは、漠とした日常を生きる彼らの焦燥をも浮き彫りにし、冷徹に見つめ、事件を紐解いていく。

1950年発表の本作は、やや薄味だが、シリーズの魅力には事欠かない。
どうしてもメグレの存在に目が引かれがちだが、刑事群像が鮮やかで、あらためて警察小説としての骨格がしっかりしていることが分かる。
プロットに捻りはなく淡泊。事件自体も深く掘り下げることはない。けれども、メグレを中心とするくすんだ情景の中に、登場人物が見事に彩色されて描かれており、そこはかとない余韻を残す。大胆さと繊細さを併せ持つ油彩画。このタッチは燻し銀の作家ならではだ。

評価 ★★★