海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「グリーン家殺人事件」S・S・ヴァン・ダイン

本格ミステリ黄金期にあたる1928年発表作。「僧正殺人事件」と並ぶヴァン・ダインの代表作として、日本では今も読み継がれている。しっかりとした骨格を持ち、謎解きの過程も分かりやすいため、入門書としては最適だろう。

堕落した有閑階級グリーン家を舞台とする連続殺人。検事の知人であるファイロ・ヴァンスは今回も捜査に協力すべく、犯行直後の現場を観察し、証言を聞き取り、血塗られた一族の現在と過去を掘り起こす。閉ざされた家の中で、家長の遺産を巡りいがみ合う者どもの狂態。腹に一物抱える使用人やかかりつけの医者らがそこに絡み、陰鬱な愛憎劇を繰り広げる。雪の降り積もる冬という季節を〝利用〟し、捜査陣の目を欺くために仕掛けられたトリック。ヴァンスは殺人者が残した小さな綻びを集めつつ、大胆極まりない犯罪の全体像に迫る。

エラリイ・クイーンが本作を下敷きにして「Yの悲劇」を書いたことはよく知られている。ミステリとしての基本フォーマットが完成されていることもあり、後続者の挑戦意欲を大いに掻き立てたのだろう。設定や全体的なムードなど、「Y」との類似性は明らかで、プロットの暗流にある優性思想が抱える問題点を内包していることも興味深い。
後発の「Y」の完成度が上がるのは当然なのだが、評価や人気の点で劣るとはいえ、スタンダードなミステリである本作の価値が薄れることはないだろう。ただ、フェアプレイに徹するあまり伏線が明瞭で、ある程度本格物を読み慣れた読者ならば、中盤辺りでおおよそのトリックと真犯人が分かってしまう弱さがある。主要人物が順々に殺されていく中、不自然にも生き残っているのは誰か。さらに、特定の人物への執拗な言及や過去のエピソードなどを読み解けば、自ずと真犯人に辿り着く。要は、サービス精神旺盛なヴァン・ダインの仕掛けが無骨すぎる訳だが、憎悪渦巻く富裕層の没落ぶりを茶化した物語は、それなりに読ませるため、飽きることはない。
また、よく欠点として俎上に載る探偵の〝教養のひけらかし〟も、それほど邪魔になるものではなく、作者自身の投影として微笑ましく受け流せばいいレベルだ。より過剰にデフォルメを施した名探偵なら他にいくらでもおり、初期のエラリイ・クイーンの方が嫌みたらしい高慢さでは上回る。

いずれにしても、娯楽小説としての工夫を凝らした「グリーン家殺人事件」は、ヴァン・ダインの魅力と〝限界〟が表れているのだが、純粋に推理が楽しめるミステリとして、今後も不動の地位を占めることだろう。

評価 ★★★