海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「もう年はとれない」ダニエル・フリードマン

2012年発表作。主人公は87歳の元殺人課刑事バック・シャッツ。第二次大戦の戦友が死ぬ直前に残した言葉が発端となり、敗戦間際に米国へと逃れた元ナチスが隠し持つ金塊を巡る争奪戦が展開する。孫の手を借りたバックは自らの高齢を逆手に取りながら巧みに〝お宝〟へと近づくが、動き回る先々で関係者らの死体が転がることとなる。

古参の海外ミステリファンが真っ先に思い浮かべるイメージは、80年代の話題作L・A・モース「オールド・ディック」だろう。78歳の元私立探偵スパナ―が老体に鞭打って痛快な活躍を見せる同作は、ハードボイルドのエッセンス/魅力を凝縮した傑作で、枯れた味わいが秀逸だった。当然、訳者後書きでも「オールド・ディック」に触れつつ本作を絶賛している訳だが、私は序盤を過ぎた辺りで早々に凡作と断定した。

設定としては、物語の中で再三言及するクリント・イーストウッド主演の映画「ダーティー・ハリー」シリーズの剛腕刑事の〝その後〟をイメージしているのだろう。だが、上辺をなぞっただけの時代錯誤なタフガイに過ぎない。
主人公バックは、現役時代は悪党を撃ち殺すことを物ともせず、伝説のヒーローとして名を馳せた。今も愛用のマグナムを手放すことはなく、何かと言えば拳銃に頼ろうとする。口が減らない皮肉屋で、好き嫌いが激しく、偏屈でプライドが高い。要は〝老害〟そのもので、酸いも甘いも噛み分けてきた人生の深みがない。スタイルだけ真似ても、骨格がやわではだめだ。

肝心のプロットも粗い。娯楽小説とはいえ、あまりにもご都合主義的な展開が多い。ユダヤアメリカ人のバックが、ナチス強制収容所で地獄を味わい、親衛隊将校ジーグラーから屈辱を受けたという〝過去〟。その元ナチが米国内で生きており、しかも金塊をいまだに隠し持っているという〝現在〟。さらに、イスラエルのナチ・ハンターさえ狩ることのできなかった男に、老人の元刑事が易々と接触してしまうという〝未来〟。短い章の連なりの構成でテンポはいいのだが、何もかもが老いたヒーローに都合良く運ぶという強引な流れには興醒めした。
あわよくば金塊を手に入れて、余生を楽に暮らすことを夢見る男。少なくとも、ダーティ・ハリーには揺るぎない正義感があった。脇役の魅力も乏しく、重要なパートナーとなる孫の青年、借金まみれの聖職者、生彩のないギャング、間抜けな工作員、やさぐれた刑事など、どれも俗物性ばかりが際立つ。
猟奇的な犯行に及んだ殺人者の動機も弱く、終盤での短絡的/独善的な決着の付け方には唖然とした。87年間も生きてきた男は、いったい何を学んできたのだろう。

ただ、日本の読者や批評家には概ね好評だったようで、次作も翻訳されている。こんな薄い仕上がりのどこに満足感を得られたのだろうか。この作家にハードボイルドを書く意識があったかどうかは分からないが、本作を読む限りではくすりと笑えるシーンも無く、パロディにさえなっていない。

評価 ★