海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「エースのダイアモンド」マーク・ショア

私立探偵レッド・ダイアモンドを〝主人公〟とする第2弾で1984年発表作。デビュー作「俺はレッド・ダイアモンド」(1983)は、趣向を凝らした設定とノスタルジックなムード全開でハードボイルド・ファンの喝采を浴びた。シリーズのコンセプトは明確で、1930~50年代に活躍した数多のペーパーバック・ヒーローへ熱烈なオマージュを捧げている。同時期には、老人探偵の哀愁を見事に描いたL.A.モースの傑作「オールド・ディック」も話題となっていた。これらのツイストを効かせた懐旧的パロディが、70年代の〝ネオ〟以降低迷していたハードボイルドを一時的にせよ活気付けた。

ニューヨークのしがないタクシー運転手サイモン・ジャフィー。彼の宝物は蒐集した大量のパルプマガジンだったが、家のローン返済のために妻が勝手に売り払ってしまう。かつてないほどの精神的打撃を受けたジャフィーは、現実と妄想の境界を彷徨い、遂には憧れのヒーロー「レッド・ダイアモンド」と一体化し、空想の世界へと没入。国際的大悪党ロッコ・リコの悪事から、愛する金髪の美女フィフィを守るために、拳銃片手に颯爽と卑しい街へと飛び出す。
今回の舞台は欲望が渦巻くラスベガス。カジノ経営者テックスの依頼を受け、街を乗っ取ろうと謀むギャング組織の成敗に動く。刺激的なショウガールに翻弄されつつも、悪党どもを叩きのめし、ダイアモンドは暗黒街を牛耳るリコへと迫る。

「レッド・ダイアモンド」はマイク・ハマー/スピレインを代表格とする〝通俗ハードボイルド〟のカリカチュアである。〝正統派〟のフィリップ・マーロウ/チャンドラーを真似ても、当然のことさまにならない。その悪例が、格好付けたスタイルだけの探偵スペンサー/パーカーとなるのだが、文句が長くなるので省略する。要は、ハードボイルド小説における主人公の一般的イメージ、非情で暴力的で好色で利己的なタフガイがレッド・ダイアモンドだ。「俺が掟だ」と甘ったるい法を唾棄し、悪人を罰する権利を有することを声高に主張、時には私刑さえ厭わない。マイク・ハマーが圧倒的な人気を誇った理由とは、〝世界の警察官〟としてのアメリカ国家を一介の私立探偵が体現しているからだ。例え、どこまでも独善的で粗暴であろうとも「正義」を行使し、失われたマチズモを臆することなく謳う。男根主義が罷り通った時代の夢物語。完全なる時代錯誤。レッド・ダイアモンドはそれを誇張した姿だ。情報を得るためタクシー運転手に〝化けた〟探偵が、予想外にしっくりする生業に戸惑うシーンなど、可笑しさよりも哀しさが漂う。ただ、馬鹿馬鹿しくも清々しい読後感を残すのは、ハードボイルド小説に対する作者マーク・ショアの愛が満ち溢れているからだろう。

本作の魅力は、翻訳文庫本表紙を飾る河村要助の絵がすべて伝えている。シリーズの世界観を見事に表現しており、乱暴に述べれば、本編を読む必要さえないぐらいだ。決して悪くはないのだが、第1弾でアイデアは出尽くしており、続編で既に息切れしたという印象。ただ、それでも読まざるを得ない。夢の跡を追い掛ける。これも、ハードボイルド・ファンの哀しいさがだろうか。

評価 ★★☆☆☆