海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「裁判長が殺した」ハワード・E・ゴールドフラス

1986年発表、大胆な着想が光る異色の法廷小説。

ニューヨーク州最高裁判所判事アレン・スターディヴァントは、次期州知事選の民主党候補に推薦された。家柄、経歴、人受けのいいルックスなど申し分なく、現共和党知事を打ち破る資質を備えていた。だが、この男は人知れない問題を抱えていた。愛人アンドリア。過去数々の富豪らと浮名を流した艶容な女。妻のロレインとの関係は冷え切っていたが、選挙戦を前にスキャンダルは絶対に避けねばならない。クリスマスイヴ、女の高級アパートを訪ねたアレンは、別れ話を切り出した。だが、頑なに拒否され、全てを公にすると脅された。逆上したアレンは女を絞殺、痕跡を消して逃走した。直後、アンドリアの情夫が訪れ、死体を発見。パニックに陥って現場から逃げ出すが、運悪く警官に見つかり、逮捕された。後日、不安の中で選挙活動を進めていたアレンは驚愕する。間もなく始まるアンドリア殺人事件の裁判。その裁判長に指名されたのだった。

原題は「The Judgment」。本作は、インパクトを狙った邦題そのものの内容で、殺人容疑者を裁く法廷の裁判官自身が真犯人だという捻れたプロットを持つ。必然、倒叙形式で展開し、徐々に追い詰められていく男の焦燥をサスペンスフルに描いている。
裁判と選挙が密接に絡み合う構成をとるが、終盤に近づくほどに無実と分かっている者を裁くこととなった裁判官の生き地獄へと焦点を当てていく。作者は、敢えてこの判事を冷酷非道な男として造型せず、己が犯した罪を絶えず後悔し、公判の最中に脅え、苦悩するさまを生々しく表現し、脆弱なる人間性を曝いていく。その弱さゆえ、審理の中で数々の誤りを犯し、疑念を抱いた被告側弁護士に真相を求めて奔走させることとなる。この辺りの流れが絶妙で、元判事で本作執筆時には現役の弁護士であったゴールドフラスの経験が存分に生かされている。

また、アレンを取り巻く人間模様や選挙戦を巡る動きなど、サブストーリーにも力を入れており、多少の中弛みはあるものの、物語に厚みを加えている。特に、アレンの妻ロレインは強烈な存在感を示して、状況を引っ掻き回していく。ゆくゆくは大統領夫人になるという野望。不甲斐ない夫の罪を直感的に見抜くが、破滅に導くものを全て葬り去ろうとする。そのしたたかな強欲ぶりは徹底しており、逆に事態を混乱させてアレンを窮地に追い込んでいくこととなる。

正義は果たされるのか。アレンは、己の罪を着せた若者を救う行動をとるのか。当然、結末は暗くならざるを得ないが、人間の業を抉る筆致は鋭い。

評価 ★★★