海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ボーン・マン」ジョージ・C・チェスブロ

実力派チェスブロの1989年発表作。娯楽的要素を盛り込んだ一味違うスリラーで、埋もれたままにしておくのは惜しい秀作だ。

激しい雨が降り続いていたニューヨーク/セントラル・パーク。その一角で憔悴した状態の浮浪者が市に保護された。男は入院後しばらく意識を失っていたが、ようやく長い眠りから覚めた。頭は冴えており、流暢に話せた。だが、自分が何者かが思い出せない。記憶を無くして呆然としている男に対し、病室の隅で待機していた大柄な刑事が告げた。「お前はホームレス連続殺人事件の容疑者だ」と。
刑事は証拠を二つ示した。先夜殺された老婆の首飾りを男が身に付けていたこと。そして、被害者の血痕が衣服に不着していたこと。男は自問する。俺は本当に殺人者なのか。いや、決して狂ってはいない、と確信できた。だが、無実を晴らすためには、もと居た場所へと戻り、自分の行動を検証し直す必要があった。男は自らを〝見知らぬ男〟と捉え、瞬時に浮かぶ思念や無意識の行動を把握しつつ、記憶を取り戻す方法を模索し始める。

殺人容疑の掛かる記憶喪失者を扱ったミステリは、さほど珍しいものではないが、本作はユニークな着想と趣向を凝らした舞台設定で独自の世界を構築、簡潔でテンポの良い文章で淀みなく読ませる。静かに始まる発端から、物語は徐々に熱を放ち、ダイナミックな展開をみせていく。

正体不明の男は、一年前からセントラル・パークの至る所で目撃されていた。通常のホームレスとは違い、何から何まで異質だった。三十代で身なりは清潔。体躯は鍛えられているが、全身傷だらけ。行動範囲が広く〝同胞ら〟とも親しく接していたが、一言も喋らなかった。さらに、不可解にも〝謎の大腿骨〟を肌身離さず持ち歩いていた。
逮捕寸前の男を救ったのは、ソーシャルワーカーのアンで、彼女は以前から男を〝ボーン(骨)〟と呼び、並々ならぬ興味をいだいていた。彼女の尽力によって身柄の拘束をまぬがれた男は、棲み処であった広大な公園へと舞い戻る。ボーンは、自らを知る人間を探すために敢えて目立つ行動を取り始めた。同時に、途絶えていたホームレス殺しが再び続発。身に覚えがないながらも、もしかしたら自分が殺人者ではないのかとボーンは苦悩し、更なる窮地に陥る。

ストレートに主人公の奮闘を追っていくため、視点にブレがない。三人称スタイルで、殺人者のパートも挿入しているが、邪魔にならない。構成がシャープで、中弛みが無い。登場人物を絞っているため、殺人者は序盤から推測でき、中盤過ぎには明かされる。ボーンと殺人者はどう繋がっているのか。なぜ、誰も男のことを知らないのか。一年以上も前からセントラル・パークで何をしていたのか。指紋が摩耗している理由とは何か。そして、再び手にした、この骨の意味とは。
読み手に対して、男の正体を仄めかすことはない。ボーンが辿る経験を通して、同じように〝見知らぬ男〟の正体を探っていく。つまり本作は、主人公の存在こそ、最大のミステリとなる訳だ。街のゴロツキから逃げる際に、突差にビルの壁を素手のみでよじ登る特殊な身体能力にボーン自身が唖然とする。殺人者に近づくほどに、甦る記憶。中途まで読み進め、ようやく気付く。本作は冒険小説なのだと。過去を失った男が本能の命ずるままに行動し、本来の自分を取り戻す過程は、いわばロバート・ラドラム畢生の傑作「暗殺者」(1980)に近いテイストだ。名は二人とも〝ボーン〟(スペルと意味は違う)で、もしかしたらチェスブロは同作を意識していたのかもしれない。

終盤は、マンハッタンの真下に拡がる別世界で進行する。ここには、電気やガス、下水などの管や電線ケーブル、地下鉄が複雑に絡み合っているという。地下7階まであるグランド・セントラル駅の下には、さらに古い遺跡や水路があるとも考えられ、植民地時代の遺物とも交錯していた。地底には湖も川も洞窟もあり、そこには世捨て人が棲み着いている。いわば異世界に等しい摩訶不思議な地下を舞台に、アイデンティティを取り戻したボーンの探検と、殺人者との決着を描くクライマックスへと突入する。

常に男を支え続ける血気盛んなアン、地下世界を知り尽くした街頭詩人ズールーなど、脇役も多彩。枝葉まできっちりと彩色された作品が面白くないはずがない。
評価 ★★★★