海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「海底の剣」ダンカン・カイル

1973年発表作。ソ連がカナダ沿岸の海底に配備した核ミサイルを固定する鎖が腐食し、暴発する可能性が浮上した。折しも同国では国際的な平和会議を予定しており、最悪の場合は戦争へと突入しかねない。ソ連政府は極秘裏にミサイル撤去の計画に着手するが、その不穏な動きを察知した英国情報部が即座に動き出す。かくして両国の攻防が水面下で繰り広げられていく。

カイルは少なからず翻訳された冒険小説家の一人だが、かなり毛色が違う。本作は起伏に乏しい地味なスリラーで、さっぱり面白くならない。登場人物が多く、人物造形も極めて薄いため、誰一人印象に残らない。場面転換は早いが、筆致が淡泊でテンポも悪い。最大の欠点は、娯楽小説として必要不可欠な要素の〝欠落〟にある。

実は、この作品には主人公がいない。通常、読み手は物語のヒーロー、もしくはヒロインを軸に読み進める。それがなければ、雑然としてしまうのは当然で、いつまでも地に足がつかず浮遊し続ける。要は延々と筋書きを読まされている感じで、物語に没入できないのである。ある意味斬新ともいえる本作のスタイルを作者が計算した上でのことなのかは分からないが、無残にも失敗している。終盤に至り、ようやくイギリスの諜報員が工作活動を展開し、それなりの活劇を盛り込んではいるのだが、変わらずに淡々とした筆致が続くのでは熱くなりようがない。ストーリーをまとめる主人公格が存在しないため、徐々に興味が薄れていく。読みどころであるはずの海底でのシーンも中途半端。淡白なエピローグも嫌々読み終えた。

カイルはデズモンド・バグリイの友人だったらしいが、作品の完成度においては天と地の差がある。翻訳者は本作がカイルの最高作と絶賛しているが、それが本当ならば他の作品は読む価値がないと思われても仕方がない。燃える男の血の滾りなくして、何が冒険小説なのか。
評価 ★