海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「銀塊の海」ハモンド・イネス

1948年発表作。冒険小説の王道を行くイネスらしい構成で、発端から結末まできれいにまとめ上げている。モチーフとしているのはスティーヴンソンの古典「宝島」。絶海の孤島(本作では巨大な岩礁に等しい)に眠る〝宝〟を巡る男たちの活劇を描いた代表作でもある。

第二次大戦末期の1945年3月。ロシア戦線から英国へと帰還するため、貨物船トリッカラ号に数人の兵士が乗り込んだ。伍長のバーディーは、上官から極秘の積み荷を警護しろと命令されていたが、無鉄砲な戦友バートが好奇心から荷を開け、大量の銀塊を目の辺りにする。どうやら物資支援に対するロシア側の対価らしい。まもなくバーディーらは、船長ハルジーは元海賊で、事故に見せ掛けて強奪と殺人を繰り返していた過去を知る。側近の粗暴な船員らも不穏な動きを見せていた。しかもバーディーの上官は横暴な酒飲みで全く信頼できず、ハルジー一派と密約している節もあった。そんな中、北洋上で船は機雷に触れて損傷、全員退避となる。船長や上官は兵士や乗客に対して、指定したボートに乗り移るよう強制した。だが、そのボートには故意に穴が開けられていた。それを知っていたバーディーらは、乗り合わせた英国人の女ジェニーを連れて、小さな救命ボートに乗り込み難を逃れる。だが、帰国後に待っていたのは、上官に背いた罪による理不尽な獄中生活だった。

以上が前半までの流れ。物語冒頭で多数の死者を出した貨物船は実は沈んでいなかったことが明かされており、銀塊強奪のために海賊ハルジーらが仕組んだ偽装であったことが分かる。以後、無実を証明するためにバーディーとバートは脱獄。かすかな恋慕を抱いていた女ジェニーを頼り、ヨットに乗りこんで北洋へと旅立つ。だが、座礁した船には先行してハルジー一派が向かっていた。

中盤の監獄でのエピソードが結構なボリュームを占めているのだが、やはりイネスが真価を発揮するのは洋上での激しいアクションシーンだろう。プロットも起伏に富み、スピーディーに読ませる。イネスの主人公には、英国の騎士道精神が息付き、清廉さが特色。いつもなら女性とのロマンスも驚くほど控えめなのだが、本作では恋愛が物語の展開に大きく左右しており、瑞々しい印象を与える。冒険小説ならではの信頼と友情もしっかり押さえてあり、正統派と呼ぶに相応しい。

評価 ★★★