海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「ジレンマ」チェット・ウィリアムソン

1988年発表作。主人公は中年に差し掛かった男、ロバート・マッケイン。職業は個人営業の私立調査員。ハードボイルド・ヒーローへの憧れはあったが、現実は錯綜する謎の解明や拳銃をぶっ放すような暴力沙汰とは無縁であり、仕事は浮気調査で殆ど埋まっていた。ゆえに、マッケインは「私立探偵」と呼ばれることを嫌った。愛する妻と娘と暮らす平凡な家庭。それだけで幸せだった。そんな中、地元観光業界の大物ラナルズから、思わぬ依頼を受けた。タウンズという若者を捜して欲しい。依頼人と失踪人は共に〝ゲイ〟だった。数年前に富豪の老婆と結婚し、今は莫大な遺産を継いでいたラナルズは、本能のままに生きていた。間もなくしてマッケインは難なく〝恋人〟を見つけ出し、仕事を終えた。だが、その数日後タウンズが殺される。状況から見て、依頼人が犯人であることは間違いなかった。マッケインはラナルズを問い質すが、この男の告白は、予想外の展開へと導いた。そして、マッケイン自身も人生を大きく変える岐路に立たされた。白血病の告知。余命は、一年だった。

本作は、主にマッケインの手記で進み、その合間に他の登場人物の視点から描いた章を挿入して物語を補完する構成をとる。厳密にいえばハードボイルドの定型から外れるのだが、元々はホラー作家であるウイリアムソンは独自のアイデアを組み込みつつ、ハードボイルド作家たちへオマージュを捧げている。
メインとなる事件は同性愛やスナッフが絡み、やや過激。真相も捻りは無くシンプル。事件の奇抜さや謎解きよりも、人間ドラマに力点を置き、孤立する男の焦燥を過不足なく描いている。終盤では、己の甘さによって殺人者を野放しにした償いをするため暴力的決着を試みる。死と対峙し、自暴自棄になりながらも、病と闘いつつ、最後まで正義を為そうと奮起するマッケインの矜持。これが本作の読みどころだろう。

評価 ★★★