海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「クレムリンの密書」ノエル・ベーン

出版当初は本に封を施し返金保証付きで売り出したという。ベーンは批評家らから高い評価を得ており、翻訳者も後書きで絶賛しているのだが、私は全く面白くなかった。中盤から興味を失い、嫌々読み終えたほどだ。「シャドウボクサー」(1969)でも感じたことだが、状況をストレートに語らず、極端に説明を省くため、プロットが追えない。これは、スパイ小説界の重鎮レン・デイトンが得意とするスタイルだが、受け取る印象は全く違う。無意味な章立てと雑な構成。ベーンには、デイトンの醒めた視点に基づくリアリズムが無い。例外なく饒舌な登場人物らによって陥るカオス。全体的に漠として凡庸なのである。
物語の核となるクレムリンの密書を巡る駆け引き自体が、何故それほど重要なのかが推察できない。米国政府は、密書を奪還するため、フリーランスの元諜報グループに依頼し、軍籍を剥奪された主人公を用立てる。後半はソ連を舞台としているが、文章に味わいがないため情景が目に浮かばない。序盤では主人公の過去とトラウマを思わせぶりに提示しつつも、結局本編で一切効果を上げていない。潜入工作員はさっぱり役に立たずに麻薬や売春宿、スリ稼業に精を出し、糸も容易くアジトを強襲されて霧散する有り様。米国での特訓は何だったのかと脱力する。結末では何も解決せず、宙ぶらりんのまま次の展開を匂わせてブチ切る。
いったい、秀れたスパイ小説とは何なのだろう。
 評価 ★