海外ミステリ・レビュー

……新旧の積ん読本を崩しつつ

「暗闇にひと突き」ローレンス・ブロック

マシュウ・スカダーシリーズ、1981年発表の第四弾。まだ無免許探偵が酒を呑んでいた頃の話で、男はこの後「八百万の死にざま」で大きな転機を迎えることとなる。

9年前に起こった女性連続殺人。既に犯人は投獄されていたが、ただひとつ犯行を否定した事件があった。その犠牲者の父親が、スカダーに再調査を依頼する。真犯人を突き止めて欲しい。当時、市警にいたスカダーは、捜査員の一人として殺人現場を目にしていた。だが、時間がかなり経過し、新たな手掛かりなど望むべくもなかった。元刑事の嗅覚と勘を頼りにニューヨーク/マンハッタンを歩み、事件を洗い直し、過去を掘り起こす探偵。孤独と焦燥を癒す、自覚無きアルコールへの依存。それは、調査の進展に合わせるかのように、限界に達しようとしていた。

 プロットは凡庸で、スカダー以外に印象に残る人物はいない。逆によくこのアイデアで書いたなと思うほどだが、最後まで読ませてしまうのは、やはり語り口が優れているからだろう。真犯人の動機には無理があり、その贖い方も甘く釈然としない。実際、事件の謎解きよりも、スカダーの危うさの方に読み手の興味は移るだろう。「いつでもやめられる」と、うそぶいては酒に手を伸ばす。深い関係となった女にアル中ではないのかと訊かれたスカダーは「それはことばの定義による。これは中身よりもレッテルの問題だ」と、現実から目を背け、酒場へと向かう。後半でいよいよ記憶を無くす羽目にまで堕ちていくが、本作の段階では、まだ辛うじて持ち堪えてはいる。

探偵は依然として過去に縛られており、後の作品を考えれば意外なほど執拗に、跳弾によって殺してしまった少女や、別れた妻と子どもについて思いを巡らせている。同じように身を持ち崩していった元同僚らに対する鬱屈した共感も吐露。誰かのためではなく、ただ無為に生きている。事件に没入することもなく、常に醒めている。シリーズ末期のような社会正義を謳い、ヒーローめいた偽善を身に纏った高慢さを示すこともない。

物語の中で、スカダーは行きずりの辻強盗に対して過剰な暴力を振るう。この時点でスカダーは〝罪と罰〟の命題をさほど背負ってはいない。法そのものの欠陥によって街に放たれる犯罪者を、スカダーは時に私刑によって〝罰する〟。同時に、自らの暴力に畏怖し、その正当性に迷いを感じ、さらに酒を呑むことで逃避/忘却を試みる。この流れの延長線上にある「八百万の死にざま」に於いて、遂には行き着くところまで行き、スカダーは帰着としてのカタルシスを得る。ただ、大きな問題点は、一介の探偵が為す暴力行為を〝正当化〟する理由付けが曖昧なままで残されていることだ。ある意味〝不条理〟な暴力シーンに漠然とした虚無感を覚えたのは、まだスカダーが公私を問わず罪と罰に対して向き合おうとせず、そこに中途半端な脆弱性が露呈していると感じたからだろう。
少なくとも中期までは、80年代ハードボイルドの代表的シリーズであったスカダーの物語を深読みすれば、社会の底辺で身悶える者どもの悪と狂気を描きつつ、それを粉砕/浄化する〝暴力の正当性〟を提示し、如何にして正義が成し得るのかを模索する道程の記録でもあったと捉えている。近いうちに「……死にざま」を読み直し、ハードボイルド小説に於ける〝暴力〟の捉え方を主題に、さらに掘り下げてみたいと考えている。

評価 ★★